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新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8  作者: 不死鳥ふっちょ
第一部  Un homme en vêtements noirs a rencontré une fille.
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第四章第二節<The Convictive Court>

 <Taureauトロウ d'orドール>本国、七尖塔を持つ巨大な浮遊宮殿。


 そのうちの一つ、尖塔<ラオデキヤ>にある大会議室は、人々によって特別な名称を冠せられていた。「断罪の間」というその異名は、主にその会議室で行われる議題によってつけられた名であった。


 七つの上級騎士団の元帥、大将が列席するその間は、主に処罰を目的とした軍法会議が催されることが多かったのだ。そしていつしか、部屋自体が数々の人間の苦悩と無念を吸い込んでいくかの如くに、黒く暗く、そして重々しい空気が淀むようになっていった。


 大広間へと続く分厚い樫の扉は、まるで煉獄へと続く冥府の門のように。そして今も、会議室の卓上には六つの光が灯っていた。




「如何様に説明をされてもですな、王家の人間に手をかけたという事実までは誤魔化すことは出来ませんぞ」


 第三艦隊<珊瑚コーラル>を率いる大将は苦虫を噛み潰したような渋面のまま、髭を震わせながら首を横に振った。光はそれぞれの胸元から顎の辺りまでは照らすものの、それより上は部屋の大半を占める、淀んだ闇が押し隠している。


 この部屋だけは、近代的な設備とは無縁であるかのように、時の狭間に零れ落ちた孤児の如き外観を呈していた。机は一辺を除く長方形に彎曲した形状をしており、それらに向かい合うように出席者は座ることになる。


 席の右横に置かれた小さなライトは、ごく狭い空間だけを白く照らすように設計されており、そこには様々な思惑が込められていると見て間違いはないようであった。こうして、互いが誰であるかが知られている状況においても、顔を隠したままの会議というものは、それ自体が非常に異質であり、また懐疑的なものを含んでいた。


「無論、無論」


 声がしたのは、第六艦隊<翡翠ジェッド>の元帥の席からであった。


「我等は王家と共にあり、その片割れに手をかけるということは、如何なる理由があれ許されるものではあるまいよ」


「待たれよ」


 その呟きに、否を唱える声を上げたのは、第五艦隊<星彩青玉スターサファイア>の大将。


「銃殺事件からまだ一両日も経ってはいない時期に、それを決断するのは時期尚早ではないかね?」


「ほう、では君は王家殺害の謀反人を野放しにしておくつもりかね」


 耳に障る甲高い声で、意見を阻んだのは第二艦隊<琥珀アンバー>の元帥である。


「そのような判断を下したとして、君は責任を取れることが……」


 ぎり、と歯軋りの音が<星彩青玉>から漏れる。自らの隊に所属する部下の処罰が議題とされておきながら、まるで意に介さぬ第三者的な意見を振りかざす、あの男だけは好きにはなれない。議題として挙げられているのは、第二艦隊所属のセシリア・フォレスティア中将による、王家殺害についてであった。


 報告によれば、四日前に本国を出立したセシリアの艦隊は21時間前に<TIPHRETH>活動領域の領事館のある惑星へと到着。そのまま領事館においてL.E.G.I.O.N.の一味と思しき人間に対して尋問を行い、その結果捕虜の額を銃で撃ち抜いたという。


 その2時間後、殺害された人物が王家の血を引く者であることが判明。セシリアには王族殺害の容疑がかけられ、現在は領事館で身柄を拘束中、本国での決定があり次第、急ぎ帰国させる手筈となっていた。


「今回の報告には疑問点が多すぎる。 第一、王家の人間だと分かっていて、敢えて殺害するとは思えませんが」


「わかってないね、君」


 聞くものの、とりわけ意見を対立させている人間の神経を逆撫でするような声で、<琥珀>が続ける。


「セシリアの姓はフォレスティア。彼女自身、王家の人間だということを忘れてはいかんよ」


 フォレスティア、すなわち神族の血を継ぐ者たちの末裔。神代の時代から連綿と続く血族と言われているが、それが事実ではないことは誰もが知っていることであった。


 単一の血族がそれほど長い間、純血を保つにはそれ相応の規模の集団が必要になる。近親婚姻を繰り返し、濃くなった血から生み出されるものがメリットよりもデメリットのほうに偏っていることも知られている。


 それ故、<Taureau d'or>との密接な繋がりを生み、フォレスティア王家だけでは存続し得なかった歴史を、<Taureau d'or>と共に歩んできたことになる。結果、純血というには程遠い血が混じりあい、今ではその名をのみ威光の輝くものとして掲げているだけに過ぎない、王家。


 だがそれでも、フォレスティア王家は特別な扱いを受けることに変わりはない。


 その理由は、Chevalierシュバリエールにあった。通常であれば、Chevalier能力者を父母に持つ第一子ですら、Chevalier能力の発現確率は0.4%前後と言われている。父母のどちらかが非能力者であれば確率は0.1%を下回り、父母共に非能力者である場合の発現確率に並ぶゼロの数は天文学的にも及ぶ。


 それほどに稀少種とされているChevalier能力者が、何故か王家の血族には非常に多いのだ。


 出生数から能力発現確率を計算した人類学者は、驚愕と共にその数値を学会へと発表した。一般的に公開されている数値は13%とされているが、本来の数値はもっと高く、それでは信憑性に欠けるとして学者自身の手で減算改竄が行われたのだという噂さえ交わされるほどであった。


 実質、二十人に一人の確率でもたらされる能力者は、ひとえに神族の末裔故なのだ、と考えている者もいるほどであった。


「それは、セシリアが王家内部の問題にかこつけて今回の殺害騒動を起こした、と考えているのかね」


「然様」


 <翡翠>の声に<琥珀>が首肯した。<星彩青玉>は組んだ指をこめかみへと当て、こみ上げてくる頭痛を懸命に堪える。


 何かが狂っているとしか思えぬ、この空間。己の部隊の人間が起こした不始末を、どうして糾弾できようものか。逆に言えば、その程度にしか信頼を置けなかった者を、どうして部下として人選したのであろうか。


 その考え方が<琥珀>のみならず、他の艦隊騎士団においても同様であるという事実に、<星彩青玉>は改めて絶望に打ちのめされる思いがした。


 これほどに、腐敗が進んでいるとは。この騎士団頭領の中で、まともな思考をしているのは自分ひとりというわけか。いまだ一言も言葉を発しない第一艦隊<真珠パール>の大将が残っているが、沈黙というものはえてして消極的な承諾に用いられるものであった。




 意を決した<星彩青玉>は、掌を机に叩きつけると、やおら席から腰をあげた。その音が思いのほか大きく響き、囁き声でセシリアの処断についての言葉を交わしていた元帥、大将たちの言葉が途絶える。


「お前たちの保身目的の会議などには付き合ってられん……俺はセシリアの今回の事件については調査が必要だ、とだけ主張する」


 席を立った<星彩青玉>が向ける背に、含み笑いが追いかけてくる。爪が掌にまで食い込むほどに拳を固め、<星彩青玉>は足を止めた。


「言いたいことがあるのなら、言ったらどうだ……貴殿にそこまでの胆力があればの話だが?」


「それでは、臆病者の狐の皮をかぶったまま、黙り込むことにするよ」


 <琥珀>の声は、しかし挑発には乗らぬ狡猾さを宿していた。


「その代わり、一つだけ忠告をしておこう……セシリアの処断については、王家自らの要請があったことをお忘れなく」


 それ以上の言葉を交わす必要性を感じなくなった<星彩青玉>は、足早に断罪の間を後にした。廊下に出た途端、それまで堪えていた忍耐力が限界を迎え、固めた拳をやおら壁へと叩きつけた。




 今回の件は、間違いなく仕組まれたことだった。そもそも、駆逐艦五隻で襲撃に備えた軍備という名目を納得するほうがどうかしている。当初からセシリアを拘束するためのものだとしたら、人一人の抵抗に対する武力とすれば、五隻という軍備は手ごろな数だ。


 問題は、仕組んだ黒幕が何者かということだ。


 <Taureau d'or>の内部分裂。王家の叛乱因子。そして、L.E.G.I.O.N.からの何らかの通達。


 疑心暗鬼になればなるほど、不安定要素に満ち溢れたこの世界では疑える相手を無数に孕んでいる。


 調査が必要だ。それも、信頼できる、ごく少数の人間による、緻密な調査が。


 大きく息を吸い込んで気持ちを落ち着けた<星彩青玉>は、頭の中で人材リストを繰りつつ、その場を立ち去った。

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