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新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8  作者: 不死鳥ふっちょ
最終部 Un soldat dans la cour de la boîte dort rêvant du monde extérieur.
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第四十一章第三節<Gaze Darkness>

 暗い城の中に目が慣れてくるにつれ、次第に黒一色であったキャンバスに、姿の見えぬ絵師が筆を走らせて行く。


 中央を貫く幅の広い螺旋階段は、緩やかな傾斜によって、緋色の絨毯を敷かれながら中二階へと伸びていく。


 ふんだんな空間を使ってこその、そして上る者の労力や移動距離よりも装飾、内装美学的見地から採用されたであろう、それ。手摺は美しい弧を描いており、それを支える段差から伸びた支柱は繊細な蔦薔薇の彫刻が絡み付いている。大きく迫り出したバルコニーの奥には、重厚な西洋中世を思わせる板金鎧が槍を携え、またその横では薄絹を纏った見目麗しき美女が優雅な所作で水甕から降り注ぐ水を浴びている。


 懐古趣味、とでも心理学者ならば分析するのだろうか。


 頭上に広がる宇宙を戦艦で駆け抜け、科学技術ではついに解明しえなかった数々の霊的現象をも呪術と科学の融合したハイブリッドテクノロジーにて紐解き。以前であれば恐れ戦くしかなかった自然気象すらも、ある程度までなら無効化し得るだけの技術力を持ちながら、いまだに人は力強さを鋼を鍛え上げ、研ぎ澄ませただけの武具に求め、美意識すらも同族種に求めるということだろうか。


 だが足を踏み入れた八人の視線は、そのような調度品に注がれることはなかった。


 豪奢な敷物の上に倒れ伏す、一つの人影。その姿には、クレーメンス艦隊に搭乗していた者であれば見覚えがあった。


真っ先に動いたのはラーシェンであった。黒衣の裾を翻しつつ疾走し、うつ伏せに倒れたままぴくりとも動かぬ龍牙炎帝を抱き起こす。触れた肩が異常に冷たいことに悪い予感を抱きながら、ラーシェンは左手で背を支えて仰向けにさせる。


 いまだ力の込められておらぬ首はがくりと仰け反り、そしてむき出しになった乳房と腹部には大きな痣がいくつも見て取れた。


 その他に躰に残る外傷は認められず、それが龍牙炎帝を昏睡せしめている原因であることは明らかであった。身に着けている衣類も、腹部を中心として千切れるように四散しており、何か強烈な力が激突したのであろうことを伺わせる。


 皮膚が耐え切れず、幾つも裂傷を負っている部位さえある。元々浅黒い肌は鬱血と内出血に酷く変色し、恐らく凄まじい鈍痛を帯びているであろうことがうかがえる。


 口の周囲には吐血した様子はないことから、ラーシェンは龍牙炎帝の内蔵に致命的な損傷がないと判断。気を失うだけの衝撃を腹部に受けながら、内臓破裂を引き起こさなかったのは、白仙として鍛え上げられた体術と、尋常ならざる腹筋のせいであろう。


 ラーシェンは龍牙炎帝の口元に耳を近づけ、微かではあるが自律呼吸があることを確認してから、フィオラ、ニーナ、リルヴェラルザの名を呼ぶ。


 慌てて駆け寄る三人に龍牙炎帝を引き渡し、治療を依頼。立ち上がるラーシェンのもとに、続いて入ってきたセシリア、ジェルバール、フェイズが並ぶ。


「容態は」


「恐らく、ここで戦闘があったんだろうな……抜刀の痕跡がないということは、一方的な襲撃を受けたか」


 周囲の気配を探るが、相手は巧妙に気配の残滓を消し去っている。


 SchwertシュベールトMeisterマイスターとしての、気配や気の流れを読む技量をもってしても、敵の動向を読み取れない。


 だが、龍牙炎帝ほどの腕前に、もっともガードの固い正面から攻撃を当てるとは。闇に紛れた程度では、Schwert・Meisterに対しては目くらましにすらならない。仮令たとえ視覚を完全に失ったとしても、Schwert・Meisterには気の流れが視覚化と同義なほど詳細に、緻密に把握できるだけの修練を積まなければならぬ。


 逆に、それだけ気脈を知覚できなければ、Schwert・Meisterの剱技を習得することはできない。己の気を制御し、時に刃と成し、時に鎧を組むだけの操作を、熟達者に近づけばそれだけ高速で行えるようになるのである。


 明らかにラーシェンよりも白仙の三人のほうが熟練の度合いとしては上。ならば、彼女を襲った相手と剱を交えなければならぬとき、果たして自分は戦えるのだろうか。


 そんな薄ら寒い予感が背筋を貫き、ラーシェンはかぶりを振った。


「傷はどうなの?」


 不安そうな面持ちで、少し離れたところで手当てを受ける龍牙炎帝を見やるセシリア。意識を取り戻さないままの龍牙炎帝の躰をリルヴェラルザとニーナが運び、フィオラは興奮したままの意識を鎮静させるべく精神干渉を行う。


 戦闘の最中に途切れたままの意識は、高揚した波長をそのままに今もなお、動かぬ龍牙炎帝の脳裏で暴れ続けている。精神が回復の兆しを見せ、そしてこのまま意識が戻ったとしたら、恐らくは龍牙炎帝は己が傷を省みることなく、自分を打ち倒した敵を追おうとするだろう。


 優しく、慰撫するように、そして流水のイメージを直接、龍牙炎帝の意識に投影することで、自浄作用と促す。同時に乱れた衣服を治し、打撲箇所に過度の負担がかからぬような姿勢で覚醒を待つ。


 時折声を漏らしながら、それでも何とか呼吸だけは規則正しく、深いものへと変わってきていた。


「動けるようにはなるだろうが……正直、戦力としては期待できん」


 あれだけの打撲傷であれば、常人ならば立ち上がることすらできないだろう。加速をつけた丸太で腹部を殴打されるほどの衝撃以上のものが、龍牙炎帝の躰を襲ったのだから。歩けることだけでも奇跡であったのだから、激しい運動を強いる戦闘行為などもってのほかだった。


 かろうじて耐え抜いた腹筋が断絶し、龍牙炎帝はSchwert・Meisterとしては致命的な欠損をその身に抱えることになってしまう。痛覚の遮断を意図的に行うことで、恐らく彼女は戦いの中に身を置くことを選ぶだろう。だがそれを後押しするような、周囲の期待はしないに越したことはない。


「治療の目処がつき次第、出発する。あまりゆっくりはできんがな」


 龍牙炎帝を打ち倒した相手がL.E.G.I.O.N.なのか、それとも城に居る正体不明の相手なのか。


 そのどちらにせよ、猶予はない。


 いまだこの城に隠された秘密の一端にすら触れていないというのに。


 突き上げてくる焦燥感に耐えながら、ラーシェンはバルコニーの奥に見える扉をひたと見据えていた。


 






「システムオールグリーン、発艦準備オールクリアー!」


「よし」


 ブリッジに座るクレーメンスは、軍服の襟元を緩め、着崩した格好のクレーメンスは、己を奮い立たせるために掌に拳を打ち付ける。部下の手前、砕け散った心の破片をかき集め、そして何とか普段通りの口調や態度を演じるほどには、クレーメンスは人の上に立つ者としての力量はあった。しかしそれでも部下たちは知っていた。クレーメンスの心痛を。だからこそ、そこかしこに違和感を見つけても、殊更にそれに反応することはしない。


「戦局がわからねえ以上、どんなヤツが来てもいいように陣形だけはしっかり整えとけ……呪的戦略艦、配置準備はいいな?」


「全て整っております」


「上等!」


 肘掛を派手に叩き、クレーメンスは士気を鼓舞せんと立ち上がる。


「いいか、空から来るヤツらは俺らがなんとかするしかねえ! お前ら、八咒鏡やたのかがみ師団の底力、とくと見せてやれッ!!」


 号令一下、突き上げるような震動が艦を包み、バーニアから吹き上がる青白い炎が薄闇の<Kether>を照らし出した。

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