間章ⅩⅩⅩⅩ<至高の光>
瞼を閉じていても阻めぬであろうほど、強烈な光。
あらゆる角度から放射されるその光に照らされたその空間は、常人の網膜であれば耐えられぬほどの光輝を宿していた。
ギメル、すなわちヘヴライ語における三番目の文字の名を冠せられた回廊の終着点に、彼等はいた。
全方位からの光照射により影は生まれぬ。しかし、彼等の纏う霊気は、闇霞のように渦を巻き、光を遮り、暗黒を召喚している。
光の回廊の終焉は、巨大な紋章であった。
蔦に絡まった女神の横顔が図案化された紋章は、鈍い脈を繰り返しながら、明滅を繰り返している。
「……これが、<Kether>の結界ね」
モルガンは腕を組みながら、感嘆の溜息をつきながら呟く。
これまで、数多の呪術師を阻んできた、強固なる鉄壁の護り。
それを前にして、十二の人影は微笑を宿す。
「確かに、これでは遠隔呪術は全て弾かれるよね」
マランジェは紺碧の翼を力強く羽ばたかせながら見上げる。
「では」
アルベルトはステッキを紋章に向け、口髭を動かし。
「この紋章……破るとしましょうか」
その瞬間、回廊内の空間が歪むかとさえ思えるほどの激烈な呪力が喚起される。
オルガの深層心理記憶媒体から、四冊の写本が一瞬で浮かび上がったのだ。さらに写本が書物としての物質化をするよりも早く、流動霊力の段階での写本を捕捉し、L.E.G.I.O.N.の四人の戦闘系異能者らが再構築を掛ける。
バスティアンが生み出したのは刀身が三メートルを越える長剱。柄の部分には金の鎖を纏わせ、そして無数の茨を刻み込んだような巧緻なる彫刻が施された真鍮から伸びる刀身は、一点の曇りすらない幅広の白刃。
ヒューが構築したのは、血に濡れた呪槍。古代世界において、聖者を貫いた槍の如くに、穂先は鋭く尖り、今にも獲物を求めんが如くに黒曜石のように不吉な輝きを放っている。
リュシアンが掴んだのは肉厚の大剱。まるで戦斧もかくやと思われるほどの分厚い刃は、鋭利な切っ先で斬るというよりはその超重量で叩き潰すと描写するほうが相応しい紅蓮の巨剱。
マランジェが手にしたのは、双振りの流剱。波打つ刀身を持ち、深海の蒼と暮色の紅を模した奇妙な形状の、そして色鮮やかな光沢を纏う短剱。
四人が武器を手に取り構える中、写本の霊力とて黙って再構築を甘んじているわけではなかった。
強制力に牙を突きたて、本来の姿に戻ろうと抵抗を始める。
時間がない。それぞれに己の集中力を高め、なんとか写本のエネルギーを武器の形状に押しとどめようとするL.E.G.I.O.N.。
歯を食いしばり、一瞥を紋章に向けた瞬間、四人は弾かれるようにして跳躍した。
一瞬ののち、光が陰るほどの衝撃が生まれ、武器が半ばまで紋章に叩き込まれる。
四つの写本武器による一撃を喰らい、紋章が揺らぎ。
そして一呼吸ののち、爆発するように四散した。
紋章により生じていた結界が破れた瞬間、L.E.G.I.O.N.らは緊張の糸を切るようにして写本への強制力を解除。
武器の輪郭は見る間に薄れ、霞のように漂い、そしてそれぞれに鉄の封印が施された古びた本の形状となる。
写本への支配介入は、一分にも満たぬ間であったにもかかわらず、四人の顔には疲弊が隠せなかった。
ある者は息を切らせ、ある者は目を閉じて弛緩させ、ある者は虚ろな視線を向けている。
いくらL.E.G.I.O.N.が凄まじい異能者の集団だとはいえ、写本とはそれほどに凄まじい存在だったというのか。
こつ、と光の床にステッキが打ち込まれる音がする。
「では、参りましょうか……サハスラーラ、千弁の蓮華へ……」