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新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8  作者: 不死鳥ふっちょ
第四部 Pouvez-vous changer mon destin avec mes précieux amis?
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第四十章第三節<L.E.G.I.O.N.>

 地獄のような光景が、静謐に満たされていた。


 動くものは何もない。ただ全ての残骸が、ゆっくりと緩慢な流れにたゆたっているのみであった。


 戦艦から剥離した装甲板が流れている先を、かつては人であった肉塊が流れていく。


 見渡せば、それら戦の名残は無数にあった。


 砕け散った艦船と、荒れ狂うエネルギーの奔流に虚空に投げ出され絶命した者たち。空気のない致死の世界ではほんの数秒でも生きていることすら出来ず、そしてまた縋るものすら存在しない。


 幾百の艦船が破砕され、そして無残な姿を晒したまま何処へかと旅立っていく。


 このような地獄絵図を見たならば、幾万の人々の情念を、欠片でも感じ取ることができるだろうか。耳を澄ませば、まるで死に臨む者の断末魔と慟哭が今でも響いてくるのではないかとまで思わせる、悪夢。





 一際大きな装甲の残骸に、とんと音もなく着地する爪先があった。





 幽鬼の類が、死肉を喰らいに来たのだろうか。否、その爪先は仄かな光に包まれたまま、さらに装甲を蹴って跳躍する。


 深緑の長衣を纏った、痩身の男。長い黒髪をなびかせながら、決して生きられぬはずの真空の絶対零度の中を、軽やかに舞い飛ぶ。重力というものが存在していないにもかかわらず、彼はまるで軽業師のように、優雅な所作で闇天を駆ける。


 腰に佩いた長剱が涼やかに鳴ったと思えたのは、幻聴か。空気が存在しないこの空間では、音としての震動伝達はあり得ぬはずであった。


 とん、とん。


 さらに二つ。光るほどに赤く磨き抜かれた靴と白いレースの靴下に覆われた爪先と、なめした革で作られたブーツの底がさらに装甲を蹴って進む。


 




 ああ、見よ。


 この宇宙空間を、真空活動用スーツを纏うこともなく、突き進んでいる影は全部で十二あった。


 薄い桜色のドレスを身に纏い、スカートの裾を揺らしながら金の髪をなびかせて微笑む剱閃の妖女、モルガン・シーモア。


 見事なまでに艶やかな黒髪を二つに結び、いまだあどけなさの残る相貌に、深淵の如き闇を宿した瞳をした爆炎の支配者、アリス・エルランジェ。


 白き衣を纏い、不吉な笑みを宿した、落ち窪んだ眼窩と油紙のように枯れ果てた体躯の忌むべき呪術師、ノルベルト・ナターニエル。


 身の丈を大きく超える禍鎌をかき抱き、素顔を知られぬように奇怪な紋様を描いた仮面を持つ幽なる死刑執行人、ヒュー・サマセット。


 剱の使い手でありながら、さながら舞い踊るように閃き、交え、そして殲滅を繰り返す夢幻の剱舞師、バスティアン・フォーゲラー。


 狂気を孕んだ瞳をした、純白の肌をした死人の如き冷たき視線を持つ、魔を帯びた紋様を駆る者、ハインリッヒ・メンデルスゾーン。


 鍛え抜かれた肉体は無手でありながら分厚い甲冑となり、また拳打蹴撃は自在に空を裂く剱となる闘士、バルドヴィーノ・ザッポーニ。


 紺碧の翼を広げた異形をした、優しき慈悲の微笑みを湛えつつ呪を練り言霊を紡ぐ呪法師、マランジェ・カミュ。


 一対の銃火器と特殊な霊気を纏う弾丸のみで全ての剱技、魔術に引けを取らぬ戦闘術を納めたガンスリンガー、ジャンヌ・アッケルマン。


 武骨な紅の鎧と、分厚く幅広の炎を宿した大剱を携えた超重量の体躯を誇る重戦士、リュシアン・ヴァディム。


 生体神経の伝達及び反応速度であらゆる情報端末を支配する有機インターフェースを保有するバイオクラッカー、オルガ・ペリン。


 そして、一分の乱れもなく執事の衣装に身を包み、漆黒のステッキを携えながら優雅に飛んでいるのは、ロートシルト家に仕えし者の証を左胸に掲げた、アルバート・ガードナー。


 




 およそ人の身では修めることすら不可能な超絶的な戦闘技術を保持する、狂気の者たち。


 彼等こそが、L.E.G.I.O.N.を名乗る者たちの脅威と戦慄、震撼と畏怖の衣を剥ぎ取り、そして自らに纏わせた略奪者。


 しかしそれはただの簒奪ではなかった。より高位の存在が継承することにより、L.E.G.I.O.N.の狂気はより深く、激しく、そして常軌を逸した暴虐となって全てを包み込んでいた。


 




 三基のM.Y.T.H.の激突により、呪力余波は周辺の全ての艦船に襲い掛かった。


 無事でいられた者はほとんど存在しなかった。第四騎士団の生き残りは第五騎士団と共に、そして八尺瓊勾玉やさかにのまがたま師団艦隊はとどめのM.Y.T.H.によって確実に<Taureau d'or>を殲滅するために、危険距離を大きく縮めた超至近距離からの発動により、逃げる暇など存在しなかった。


 決死の覚悟で放ったニ発の、呪的戦略兵器M.Y.T.H.。だがその呪力でさえも、彼等L.E.G.I.O.N.を葬るには足りなかったというのか。


 動くもの、すなわち生存者が皆無な世界を、彼等はただひたすらに駆ける。


 ただの一人も、損なわれることもなく。


 最前列をひた走るハインリッヒが、懐から一枚のタロットカードを取り出した。それには艦船に実装されている、回廊転移用の象徴図案展開と同等の霊力が込められていた。揺らぎと波紋を生み、生じる回廊の門。生身でありながら宇宙を跳ぶことのできる彼等は、何の躊躇いもなく次々とその門に身を投じていく。





 彼等の目指す先はただ一つ。


 淡い光によって守られたその姿で、広漠たる死の大地を捨て去り、さらに進む。


 バルドヴィーノとマランジェの腕には、それぞれに一人ずつの男と女が抱えられていた。


 死んでいるのか、それとも気を失っているだけなのか。だらりと垂れ下がった、力の抜けた指は、微かな動きにも忠実に反応し、まるで煙のようにたなびく。


 それが一体何者であるのかを判別するよりも早く、しんがりのアルベルトもまた、回廊の門へと飛び込み、そして消えて行った。








                                          第四部 完

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