第四十章第二節<Divine War>
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プロクール、おお、プロクール、エステ プロファニ バフラスティ オムペダ!
無敵の恐るべきものの御名において、我は宣言す、『殻』をその棲家に駆逐せり、と。
我はタフティを召喚す、知恵と言葉の君主よ。ヴェイルの彼方から来たりし者よ。
おお汝、神族の偉大なるもの! 叡智を戴冠せるタフティよ!
空の門の君主、汝、まさに汝を、召喚せんとす。
おお、汝は朱鷺の頭を持てり! 汝、まさに汝を、召喚せんとす……
弾頭が絶対零度の虚空を突き進む。
内蔵コンピュータの中では、埃及神話のトート神召喚の呪文が朗々と展開され続けている。ミサイル周辺に神域が発生する紫色の霊衣が発生し、オーロラのように揺らめく。
第五騎士団から放たれた一発のM.Y.T.H.は、恐るべき破壊の霊気を纏いつつ、世界樹と騎士団らに襲い掛かる。
当該宙域に到達したM.Y.T.H.に対し、第二騎士団の呪的戦略艦の展開した結界が阻む。高速詠唱により、既に古代儀式レベルの神力勧請が終了していたM.Y.T.H.に対し、結界は薄紙のように四散した。
結界に解呪式で対抗するのではなく、圧倒的なレベルの力の奔流が抵触し、霊的接続状態にあった呪的戦略艦がフィードバックする神力に回路が耐えられず、次々に爆破する。
これまでの艦隊戦の常識を完璧に覆す攻撃を前にして、第二騎士団は狼狽の色を隠せない。
高速詠唱回数が五千回を突破した時点で、弾頭部分の装甲が分離、霊核が露出する。錬金術によって生み出された、高純度の心霊宝珠には詠唱によって生み出された神属性の霊力が潤沢に封じ込められている。
その宝珠に亀裂が入った瞬間。空間は凄まじい光量で埋め尽くされた。
それは、初めて人々が目の当たりにする、M.Y.T.H.の光景であった。
光の中から出現したのは、あまりにも巨大な人影であった。
最初に現れたのは、細く長い嘴であった。それが徐々に太くなり、弧を描き、無表情な瞳が実体化する。異常なほどに伸びた首の先に掲げられた朱鷺の顔と、そして明らかに人間の骨格と酷似した体格の裸身が現れる。
右手に握っているのは、斑の色彩に塗装された錫。いまだ胸までしか生まれてはおらぬトート神がそれを打ち振るった瞬間、最前列にいた艦船約十数基が悉く爆砕した。
暴れ狂う光と鋼鉄の渦の中で、戦艦<セト>の外部装甲が苦悶の音を上げる。古代埃及において兄神オシリスを殺めた悪神が、今や叡智の象徴たるトート神の神罰の中で打ち震えている。戦艦前部の亀裂の中で神聖文字が明滅し、渾身の力でトート神の魔術に抗わんとするが、すでに勝敗は喫していた。
M.Y.T.H.の恐ろしさの一面はそこにあった。M.Y.T.H.によって生み出され召喚された神族はそれぞれの象徴たる武器をもって敵を滅する。しかしそれは炎や雷といった、破壊に直結したものではない場合もあるということだ。
今回の召喚されたトート神の行動、また攻撃の方法があまりに異質であり、また何より驚異的なのは、何をして攻撃と把握すればいいのかが全く理解できぬ。
だが、予兆が把握できても、それは全くの無意味であった。呪的戦略艦の数が激減しているために結界の構成は恐ろしく脆弱なものになる上に、初回の攻撃において、万全の状態であった結界は一瞬で破壊されてしまっている。
そのため、結界を張ること自体が無意味なものであったし、またこの状態から退却をしても生き残れる可能性は少ない。
相手は杖の一振りで、艦船十数基を一気に破壊することができるのだ。
いまだ混乱が冷めやらぬ戦場で、生み出されたトート神は錫を頭上高くに掲げた。
呼応するかのように、錫の輝きが見る間に強くなる。前回の攻撃とは比べ物にならぬほどの、強烈な攻撃に誰もが身を固くする。
トート神は知識と魔術の担い手である。
その神の繰り出す神罰であれば、恐らく如何なる防禦手段でも防げぬだけの魔術であるのだろう。
「……各艦、呪力探知プログラムを切れ! 感知上限などたかが知れている、フィードバックで回路が焼き切れるぞ!!」
ジークルドの怒号に一瞬をおき、光が爆裂した。
第二騎士団を包み込んだ光は要塞までを飲み込み、そして衝撃波がこちらの艦隊をも揺さぶる。
見る間に増大していく光の球の中に、艦船が次々と飲み込まれていく。モニターに映っている敵艦隊の赤い光点が加速度的に消失し、要塞までが一瞬で消失する。
だがそれは、あくまで存在が消失したということではない。圧倒的な力によって、一時的に信号確認が断絶したことによる誤差に過ぎぬ。
視界を覆いつくさんばかりの光は、まるで超新星の持つ神秘の光のように荒れ狂い、暴虐を尽くし。
そして術師たるトート神を構成する呪力が限界を迎え、術師と共に光は徐々に消え始めた。
そのときである。
「ジークルド様、敵艦隊周辺に神族属性確認……艦隊及び要塞<ユグドラシル>健在です!!」
莫迦な。
神の力による一撃に、如何にして耐えられるというのか。
だが再度モニターに目を映したジークルドは、我が目を疑った。
光が徐々に消え去る中、次々と再出現する赤い光点。それらはほぼ無傷な状態で姿を現していく。
一切を無に帰すほどの呪力の拡散があり、またこちらにも反動衝撃で少なくない損害を蒙るほどであったというのに。
何故、どうして、相手は無傷でいられるのだ。
「……これは……ッ!!」
艦隊と要塞全域を覆い尽くしているのは、薄い光の膜で出来た翼の幻像。あまりに脆い光景ではあったが、トート神の錫の一撃を前にし、見事に艦隊を護りぬいて見せた翼であった。
如何なる結界を起動させたのか。
焦るジークルドに報告が飛ぶ。
「属性判別出ました……要塞より同規模の霊力発生確認、M.Y.T.H.を打ち返したものと思われます!!」
M.Y.T.H.をM.Y.T.H.で受けたと言うのか。しかも相手が放ったものは、攻撃型の神族ではなく、防禦型の神霊であったのか。
「波長確認、当該属性<天使>……基督教圏守護神霊、ラジエルです!」
全能神の玉座に侍るとされたヘブライの天使。光輝なる翼をして、あの魔術神の一撃を防ぎきったのだ。
これでは、乾坤一擲として打ち込んだM.Y.T.H.がほぼ無効化されたことを意味する。何より要塞を撃滅させることができなかったのであれば、最早自分たちに遺された勝機は。
ジークルドは翼の幻を目の当たりにして、そして笑みを浮かべた。
「トート神、存在限界です」
「よろしい」
M.Y.T.H.発射を命じたテレンスは、狂気を孕んだ瞳でひたと第五騎士団を見据える。
「それでは再開しろ……弱き者たちの晩餐を」
「まだよ」
打ちひしがれたジークルドの耳に、女の声が届く。
顔を上げるジークルド。
「間に合ったわね……お生憎さま。M.Y.T.H.は……もう一基あるわ」
声の主はマティルデであった。
同程度の力のぶつかり合いに耐え抜いた翼の幻影は、揺らぎ、消えた。最早、第二騎士団と世界樹ユグドラシルを守る防壁は何もない。全てが疲弊し切った中、唯一動くことができるマティルデを止められる者は、誰もいなかった。
「受け取りなさい……密教至高の明王の験力、その身で確かめることね」
>system of summoning -- अचलनाथ of the Esoteric Buddhism
<南漠 三曼多 縛曰羅 赦艮>
詠唱を終了させた心霊宝珠は、憤怒の形相を浮かべ、調伏の剱を振り翳した明王の姿を実体化させた。
一撃目のM.Y.T.H.を上回る怨敵調伏の呪力が、戦場全てを薙ぎ払うのに、さしたる時間はかからなかった。