間章ⅩⅩⅩⅧ<盟約破棄>
第二騎士団の戦果は、守護結界の存在ありと言えども目を見張るものがあった。
決して結界の加護に頼り切ることなく、遅延された詠唱に割り込むようにして呪的戦略艦を撃墜し、相手の攻撃のリズムを崩していく。集中的に呪的戦略艦を狙い撃ちされている第四、第五騎士団は、徐々に有効な戦術の幅を狭められていった。
第二騎士団の成果に満足げに目を細め、両手を後ろ手に組んでいたテレンスは、後ろを振り向くことなく唇を開いた。
「いるのだろう……出てきたまえ、L.E.G.I.O.N.」
鏡が割れるような音と共に、空間が歪む。
しかしそれは蜃気楼のようにではなく、空間に亀裂が走り、光景が映りこんだまま無数の破片となり散り弾け、そして瞬時に元通りに修復されるという奇怪な現象であった。
膝をつき、頭を垂れるようにしているのは、L.E.G.I.O.N.の死刑執行人、ヒュー・サマセット。手にした巨大な鎌を担ぐようにして、仮面に覆われた顔を伏せる。
「お呼びでしょうか」
「私が呼ぶときは、いつも貴様が来るな……まあいい」
風もないのに、ヒューの纏う褐色の外套のほつれた裾が触手のように蠢いた。
「貴様等は私と盟約を交わしたはずだ……お前たちは、いつ助力をするというのだ?」
答えはない。
ヒューが狼狽しているのかと後ろを振り返ろうとしたそのとき、首筋に冷たいものが当てられたことに気づき、動きを止める。
「……なんのつもりだ」
「盟約とは、如何ほどのものか」
「……なに」
お前たちは、呪に縛られ、呪によって生み出された存在。
そのような者たちにとって、盟約とは存在の根幹を左右する、絶大な効果を持つものであるはずだ。
「我等が求めるのは、汝らの勝利ではない」
首に当てられた鎌が引かれ、ヒューはテレンスの隣にまで進み出る。眼前で次々と光を生み散らしている第二騎士団を睥睨し、ヒューは鎌を虚空へと突き出した。
「お前たちはいささか勝ち過ぎた……天秤が傾いては、均衡が崩れよう」
ブリッジに満ちる殺気。
張り詰めた空気の中で、先刻と同様、鏡の砕け散る音がしたかと思うと、人影がさらに一つ、増えた。
姿を現したのは、長身の男。痩躯を深緑の長衣に包み、腰に僅かに反った剱を佩く、黒髪の男だった。
その男は、手に持った何かをテレンスに向かって投じて見せた。
空中で一瞬、きらりと金属的な輝きを見せるそれを受け取ったテレンスの双眸が大きく見開かれる。掌を濡らす、ぬめりのある感触が血液であると判別するのには、視覚伝達からさらに数秒を要した。
深緑の長衣の男が投げてよこしたのは、第一騎士団元帥アルフォンスの元帥章。
それがいまだ凝固せぬ血液に濡れているということは。
「貴様は……!」
「少し遊戯が過ぎたようだ」
深緑の男はヒューを諌めるような口調でたしなめ、そしてテレンスに向き直った。
「我等がL.E.G.I.O.N.を、贄による古典的な儀式の盟約文書で縛れる魔の眷族と見た、貴様の間違いであったな」
くるりと踵を返し、深緑の男は虚空に手をかざした。
揺らぎと共に出現した歪に、ヒューと共に半ばまで身を沈めつつ、奇妙に歪んだ韻律の言葉を、最後に残す。
「最早貴殿を守るものは何もない。このまま相討ちに斃れることを期待していたが、それが叶わぬのならば、致し方ないな」