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新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8  作者: 不死鳥ふっちょ
第四部 Pouvez-vous changer mon destin avec mes précieux amis?
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第三十八章第一節<Kamikaze>

 マティルデは一人、執務室にこもったきり、誰も通さぬように言ったきり、部屋の電灯も点けずに机の上に俯いていた。


 部屋の光と言えば、艦の窓から差し込んでくる、無数の艦船や要塞の放つ電子光のみ。これだけの数が集まったことにより、それらは恒星には遠く及ばぬとも、仄かに室内を照らすだけの光度はあった。


 長く薄い影が机の上に伸びているのを虚ろな瞳で眺めながら、マティルデはほんの一時間前にあった出来事を思い出していた。


 




「マティルデさん、あたしを……<天鳥船神あめのとりふねのかみ>に届けてください」


 真摯な瞳を正面から向けてくるメイフィルに、マティルデは言葉を失った。


 彼女の事情を知らないわけではなかった。


 あらましは、事前にラーシェンから聞いていた。辺境の村で暮らしていた少女だが、高位情報端末についての技術は第一線で活躍している技師たちと比べても決して劣らないと。


 最初はラーシェンが買い被っているだけと思っていたマティルデであったが、第三騎士団のギュスターヴ元帥の艦隊に遠隔呪詛を仕掛けたと聞いては、納得せざるを得なかった。


 そして、生き別れになった親を探しているとも。ここに来るまでの間には、全くと言っていいほどに情報が掴めなかったが、本人はまだ諦めている素振りは見せなかった。


 ヴェイリーズとの関係について話さなかったのは、ラーシェンなりの気配りだったのであろう。


 それを知っているが故、マティルデの心は揺れていた。


「メイフィル、あなたには、まだご両親を探すっていう大切な……」


「もう、いやなんです」


 俯いたまま、メイフィルは押し殺した声で呟いた。


「これだけの人が、今も命を賭けて戦ってる。自分たちの力で、自分たちの運命を変えようと頑張ってる。それなのに……」


 メイフィルを見下ろし、マティルデは感じていた。


 無力が故のもどかしさを。この地位を手に入れるまでに、マティルデ自身幾度感じたことか。


 力を手に入れている者には、決して分からぬ苦悩。一人だけ、世界から取り残されている孤独感。


「それじゃあ、聞かせて?」


 出来るだけ優しい声色で、マティルデはメイフィルのすぐ目の前まで歩み寄った。


「<天鳥船神>に潜入する以外に、あの結界を解除する方法は?」


「ありません」


 即答を返すメイフィル。


「<天鳥船神>に用いられているコンピューターのオペレーティングシステムのタイプは、外部からの遠隔操作に特化した防衛機構が施されています。それを破るには膨大な時間が必要になるんです」


 いくらでも時間があるのなら、突破することはできる。しかし、現に今展開されている戦闘において、一人でも多くの生存者を確保するには、悠長なことは言っていられない。


 選択の余地はないのだろう。


 眼前で戦友の命が尽きようとしており、そしてそれを救うことができる者もまた存在する。


 だとすれば、すべきことは唯一つだ。


 




 何を迷う必要がある。


 そう幾度も自分に言い聞かせてきたマティルデは、しかし最後のところで踏みとどまれずにいた。


 方法論としては、間違いはない。


 しかし、あの激戦の中、無論ではあるが、<天鳥船神>にもまた、兵力は配置されていることだろう。その只中にメイフィルや部下を送り込もうとしているという現実を、どう受け止めるのか。


 メイフィルをはじめ、乱戦となった戦場を大きく迂回するとはいえ、大きな部隊を率いての進軍によって突破することは不可能だ。


 装備を揃えればそれだけ人目につくことになる。戦場で戦に巻き込まれれば、それだけ隙が出来ると思うだろうが、相手の虚をついた行動というものは俄然取りにくくなる。


 そうでなくても、<天鳥船神>の有する砲撃手<布都剱ふつのつるぎ>を躱さないことには、どうにも近づくことさえ出来ぬ。


 それ故、マティルデが編成したのは、小型巡洋艦であった。攻撃力は大きく戦艦クラスに劣るものの、機動力として見た場合、鈍重な戦艦を遥かに凌駕する。巡洋艦程度で要塞に攻撃を仕掛けたとしても、目くらましにもならぬ。そうであれば、下手な攻撃性能に拘るよりも、奇襲攻撃によって一気に死角に潜り込んだほうが、まだ成功率の高い作戦と言えた。





 しかし、とマティルデは循環する思考の迷路の入り口に戻ってきてしまっていた。


 私がしようとしていることは、命に順位をつけることだ。そして、順位の低い命に対して、死を命じていることだ。


 それが戦争をすることなのだと幾度言い聞かせてみても、納得しきることはできない。


 そんなマティルデの迷いを嘲笑うかのように、薄闇の中で鮮烈な光が点灯した。


 卓上に設置された、通信機の受信を知らせるランプであった。面会を全面的に断っていたマティルデにとって、その通信は聞かずとも内容の知れたものであった。ここで自分が通信を無視すれば、彼等は死なずに済むのだろうか、などと言う馬鹿げた考えすら一瞬頭を過ぎる。


 しかしそれがどれほど愚かしいことであるのか、理解できぬマティルデではなかった。


 メイフィルと部下たちは、出撃を取りやめれば死ぬことはあるまい。


 だが同時に、現在第二騎士団と交戦中の第四、第五騎士団艦隊は全滅させられるであろう。そして絶対防禦の加護を得た第二騎士団は、巨龍の臓腑を食い荒らす毒虫の如くに、我等を殲滅するであろう。


 手を伸ばし、回線を開く。


「師団長、出撃準備、滞りなく完了致しました」


「……すぐ行きます」


 部下の声に、マティルデは罪状を告白する咎人のように重い声で答えた。


 




 マティルデの前には、全部で四十数名の操縦士たちと共に、メイフィルもまた列に連なっていた。


 すぐ近くには整備台の上に鎮座した数隻の小型巡洋艦。それを目の当たりにした瞬間、マティルデの膝は震えた。


 まさにそれは、鋼鉄の葬礼。


「それでは、マティルデ師団長」


 声を張り上げたのは、壮齢に差し掛かったばかりの、頭の薄い男であった。


「ユベール中尉」


 マティルデに名を呼ばれ、ユベールという名のその男は屈託のない笑顔を浮かべてみせる。


「任せといてください。このユベール、命に代えましてもこのお嬢ちゃんをあの要塞に届けて見せますわ」


 その言葉に、死出の旅路であることを、相手も気づいているのだという事実が、マティルデを打ち据える。


「ユベール」


 その言葉は果たして、死を前提にしたユベールへの叱責か、それとも己の采配への謝罪か。いずれにせよ、マティルデはそれ以上の言葉をユベールに向けることができなかった。


 否、向けるべき言葉を持たなかった。


「そんな顔をせんといてください」


 苦笑しつつ、ユベールは薄くなった頭を掻く。


「わしらは戦争屋をやっとるわけです。そんな生業をしてる以上、いつ死ぬかなんてわかりゃせんのです。もしそれが、誰かの役に立って死ねるっちゅうんなら、それは本望だと、思っとるわけですわ」


 ユベールは後ろに立つメイフィルをちらりと振り返る。


「こんなことをわしが言うのは、まあ似合わんことですが」


 言いにくそうに一度言葉を切ってから、ユベールは思い切って続きを口にした。


「師団長は、わしらにただ一言、胸を張って命令してくださりゃいいんですわ。そうすりゃあ、わしらは何にも迷うことなく、突撃いたします」


「……しかし、それでは」


「師団長殿が、お優しい方だってこたぁ、わしらは充分に承知しとります。その師団長殿にわしらが選ばれたってことだけで、軍人冥利に尽きるんですわ」


 もう、何も言う必要はなかった。しかしそれでは、マティルデが納得できなかった。


「……ユベール中尉、ならびに部隊の者に告ぐ」


 声はかすかに震えていたが、皆それに気づかぬふりをした。


「お前たちは、決して捨て駒でも、特攻隊でもない……お前たちの帰る場所は、ここを置いて他にはない」


 マティルデの視線の先には、ユベール少将、そしてメイフィルの不安げな顔があった。


「お前たちへの労いのため、私は上等のワインを開けて待っていよう……それを無駄にするようなことがあれば、この私が許さないと思え」


 一拍の沈黙ののち、統制された動きで軍靴が打ち合わされ、そして敬礼に兵士らの背筋が伸びた。

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