間章ⅩⅩⅩⅥ<宣告>
その通信は、あまりに頼りなく、か細く、そして鮮烈な衝撃を伴っていた。
艦内スピーカーから漏れてくるニーナの声は、強烈かつ絶え間ないノイズに掻き消されそうになりながらも、しっかりと事実を伝えていた。
「……ニーナ、もう一度言ってくれ」
「何度でも言ってやるよ」
僅かに苛立ちを隠せない口調で、ニーナの言葉は残酷な現実を告げた。
「あたしたちはもう、<Tiphreth>に戻ることはできないんだよ」
「……どうして、そんなことが分かるんだ」
「守護者が言ってくれたんだ」
映像通信であるにも関わらず、映像画面には白と黒のノイズで埋め尽くされている。縦横に横切る不規則な紋様を描きながら、無秩序を体現するかのような画面の向こうから、ニーナの声は妙に抑揚がなかった。
「鍵を手に入れた私たちは、鍵を漏洩する危険があるんだ……だから、もう……もとの世界に戻ることは」
「試したのかよ!」
クレーメンスは、淡々と事実を語るニーナに怒りを爆発させた。
「俺らのほうの守護者は、そんなことは一言も言ってねえんだよ、てめえらそう言われたからって……」
「試したさ」
ニーナの声もまた、微かに震えていた。
「だから、こうやって言ってるんじゃないか」
まるで絶望のような沈黙が、あたりを支配する。
ブリッジで二人の会話を聞いていた者たちもまた、衝撃的な事実に打ちひしがれるように頭を垂れ、また未だに信じられないといった顔のまま言葉を待ちつつモニターを仰ぎ見ている。
それはまさに青天の霹靂であった。
<Binah>及び<Cochma>の守護者との戦闘から帰還した者たちを待っていたのは、<Tiphreth>残留組からの超長距離通信であった。
戦闘が始まっている、という報告を受け、いざ加勢せんと意気込む彼等に、ニーナの思いもよらない一報が舞い込んだのだ。
ニーナの艦は、荒野からの旗艦後、象徴展開と回廊召喚のテストをそれぞれについて百五十回ずつ行った。
だが、一回たりとも成功することはなかったのだ。
「黙っている暇はないよ」
ニーナの声は、不気味なまでに冷静だった。
「活動可能領域を挟んだ超長距離通信が接続できただけでも奇跡なんだ……迷ってる暇があったら、さっさと<Kether>に向かいな」
いつ断線するかも定かではない、現実に今こうしている間にも、波のようなノイズがニーナの声を掻き消そうと押し寄せてくる。それは同時に、向こう側でも同じことが起きているのだろう。
「けどよ、それじゃ……」
「いいかい」
クレーメンスの言葉を遮るように、ニーナは語気を強くした。
「これは戦争なんだ、お情けをかけてる時間があったら、一刻も早く目的地に向かうんだね……残った奴等があたしたちに何を期待してるのか、それをよく考えな」
ノイズが一際高く鳴る。
「あんたも師団長の一人なら……れくらい、覚悟を……め……」
次第にニーナの声が薄れ、掠れ、そして消える。
神からの託宣を待ち焦がれる神官のように、クレーメンスは何も映さぬモニターをただひたすらに見上げるが、ついにニーナの言葉が快復することはなかった。
<Binah>と<Cochma>を繋ぐ回線は、完全に断線してしまったのだ。
両手をコンソールにつき、最早何も語らなくなったスピーカーの前で項垂れるクレーメンス。
あのとき、<Tiphreth>を発つとき、よもやこのような結果になろうとは、誰が想像したのだろうか。
しかし今や、打つ手はない。待っているのが天界なのか冥府なのか、いずれにせよ自分たちは先に進むしかないのだ。それが誰も分かっているからこそ、クレーメンスにかけてやれる言葉を持つ者は誰一人としていなかった。
断線から数分。
クレーメンスはそのままの姿勢で、コンソールに指を走らせる。モニターに回線接続を知らせる表示が映し出され、そして接続試行予測時間がカウントダウンを始める。
十三秒後、カウントは停止し、回線状態が「接続試行」から「接続中」へと切り替わった。