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新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8  作者: 不死鳥ふっちょ
第四部 Pouvez-vous changer mon destin avec mes précieux amis?
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間章ⅩⅩⅩⅡ<虚数呪練武場>

 虚空の彼方に続く一本の道。


 角が丸く削れた、平たい石が一直線に橋のように敷き詰められており、それらの間隙を埋めるように玉砂利が充分な深さを持って撒かれていた。


 周囲は闇。夜の闇でも夕闇でもない、人為的な闇が満ちている。まるで墨汁を水槽に満たしたかのように、一切の光が存在しない、矩形の闇。


 その奇妙な回廊の天蓋は、不気味に赤い鳥居が彩っていた。


 一定の間隔を置いて、暗く赤い鳥居は、まるで合わせ鏡でも見ているかのように、無限に続いていた。


 耳を澄ませば、どこかで水の滴る音が時折聞こえてくる。


 夢か、幻か、それとも狂者の幻想か。


 そんな鳥居の一つに、腕を組んだまま凭れている白い人影があった。黒と赤しか存在せぬその異様な空間において、彼の姿はいやがうえにも際立つ存在であった。


 前髪を長く垂らし、表情を隠していた男はやがて、ついと顎を持ち上げる。


 しじまの支配する空間にて、彼の耳に別な音が届いたのだ。


 喩えるならば、紙片で机を叩いているような、ほんのかすかな音。向けられた視線の先から、やがてそれはやってきた。


 最初、暗い闇の中に羽ばたく一匹の蝶、のようにも見えた。


 だがそれは蝶にしては大きく、また白すぎた。


 男は白い袖に包まれた右腕を、羽ばたいてくる白い何かに向けて差し伸べる。残像すら残すほどに小刻みに羽を震わせているそれは、男の指先の近くまで来ると、ゆっくりと動きを止めた。


 そこでやっと、それの正体を見ることが出来た。


 しかし見た者は、果たして己が目を疑うに違いない。今こうして見る限りにおいて、それが今しがたまで蝶のように羽ばたいていたという現実を認められる者はそう多くはあるまい。





 男の指先で動きを止めたのは、二つに折られただけの、正方形の紙片であったのだから。


 内側になったその中央には、黒いインクで何かの紋章が描かれている。それは図案化したものでもなければ、紋章学的に意味を持つものでもなく。左右対称ですらないそれは、しかし魔術的には確かに意味を持つものであった。


 男の名は、ノルベルト・ナターニエル。


 L.E.G.I.O.N.の中でも数少ない魔術師の一人であり、またこうして媒体を用いた伝令役の霊体を使役することに長じている者であった。


「……なるほど」


 ノルベルトは一度大きく頷くと、指先で紙片を摘み、そして懐へとしまう。


 言語を介さない意志伝達を、ノルベルトは瞬時にやってのけたのであった。


 元々、己の力によって使役している霊体である。こちらの望むだけの情報を引き出せなくては、使役する意味がない。意思を持たず、ただの記録端末としてだけの機能を持つ霊体は、個人の知覚レベルを遥かに越え、そして記録機器の存在しえぬ遠方の情報すら容易に入手することができるツールであった。


 ノルベルトが引き出したのは、皇太子ジェルバールの行き先と、彼の目的。それらを事前に放っていた霊体からの報告として受け取ったノルベルトは、鳥居から起き上がる。


 だが果たして、この無限に続く場所から、どのようにして移動するというのか。


 その場に居合わせた者がいたとすれば、誰しもがそのような疑問を抱いていたとき。


「ここにいたのですか」


 声を掛けてきたのは、執事の正装に身を包んだ男、アルベルト・ガードナー。彼もまた、筆頭として他の者を統括する立場にある、L.E.G.I.O.N.の一員であった。


「このような場所で……何をしているのです」


「伝令が戻ってきた」


 アルベルトと視線を交わすことすらなく、ノルベルトは言葉を続ける。


「予想通り、皇太子は奴等と合流した……これで挙兵の口実が整うぞ」


「猟犬の手筈は終わっています」


 アルベルトは口髭を撫でながら満足そうに頷いた。


「猟犬と狐をぶつければ、彼等は最早我等への警戒心はなくなるでしょうね」


「狙いはそれか」


 しゃらん、とノルベルトの手首に巻かれた珠の鎖が鳴った。


「無論……たかが人如きに、我等は劣りはしませんよ」


「だといいがな」


 ノルベルトはアルベルトに背を向け、そして虚空に手をかざす。


「忘れるな、この虚数呪練武場は、奴等の技術に創られたもの……侮っていては、飼い犬に手を噛まれるぞ」


 すぅ、と闇に溶けるように、ノルベルトの姿はかき消えた。


 彼が立ち去ってもなお、アルベルトは不敵な笑みを浮かべながら、こつこつとステッキで敷石を打つばかりであった。

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