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新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8  作者: 不死鳥ふっちょ
第三部  Bien qu'il y ait une méchanceté chaude, le monde continue.
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第三十章第一節<Iron Will>

「回廊終着、回廊終着……乗務員、総員衝撃に備えてください。繰り返します……」


 警告のメッセージが鳴り響く中、突如として客室のドアが派手な音を立てて弾かれた。


 その奥から飛び出してくるメイフィル。極度の興奮のためか、顔は紅潮している。メイフィルは向かいの壁に肩をぶつけながら、ブリッジへと通じる廊下を弾丸のように駆け抜ける。


 既に艦は回廊からの実体化の余震の影響が出ているのだが、そのようなことを気にかけることもない様子であった。


「待って、メイ!」


 取り残されたヴェイリーズが言葉にならない声を発しているが、今はそれよりもメイフィルが先であった。


 あの興奮と混乱が一時的なものであったとしても、あのまま放っておくのは得策ではない。何度も震動に足をとられて転びそうになりながら、フィオラはメイフィルを追って廊下を走る。


 だがさほど広くない艦船の中、廊下などすぐに終わりを迎える。開閉センサーの前に佇むメイフィルの背中を、角を曲がったフィオラが見つけたとき。


 ドアが開き、そしてブリッジから凄まじい光の奔流が押し寄せてきた。


 咄嗟に顔を庇うフィオラであったが、すぐにその光が回廊から領域へ実体化する際に発生するものであるということを思い出す。


 この艦が随行している、<Dragonドラゴン d'argentダルジャン>天叢雲剱あめのむらくものつるぎ師団が、回廊を抜けたことを意味するその光に、メイフィルはブリッジへと足を踏み入れた。


「……そこにいるのね」


 静かに呟くメイフィルは、光の中を歩み出す。タラップを下り、一番近いコンピュータの端末の前に座り、バッグを下ろす。その動きには何処にも不自然なところはないはずなのに。いつものメイフィルの仕事の一部であるはずなのに。


 見下ろすフィオラの胸中では、激しく警鐘が打ち鳴らされている。


「実体化完了、戦闘区域までの距離、三万五千キロメートル」


「移動速度を戦闘時レベル4まで上昇、会敵時刻は十五分後を想定します」


 アナウンスを聞き取りながら、メイフィルは端末にバッグの中にある外部メモリを接続。無表情のまま、恐ろしい勢いでキーボードを操作している。


 何をしているの、と問いかけることはできなかった。背後に自分がいることを分かっているのに、それを敢えて無視していることがわかっていたからだ。


 拒絶、などという生易しいものではない。存在すらをも否定され、意識の外へと締め出される疎外感。


 だがそんなことよりも、フィオラはメイフィルが今、何をしようとしているのかが気になった。


 この艦には武器の類はほとんど搭載されてはいない。ということは、現在は<Dragon d'argent>の艦隊に追従しているものの、戦場に必要以上に接近することは非常な危険を伴うことなのだ。


 それなのに、何を準備する必要があるというのだ。


 息すら詰めて見守る中、レーダーの外周部に無数の光点が出現する。距離にして凡そ一万メートル強の隔たりをおいて、その彼方で光の槍を投じあう神々の如くに、戦っている光芒であった。


 無言のままのメイフィルの前の画面に、戦局を現すグラフィックが表示された。


 現在、八咒鏡師団は攻撃第一波を展開中、<Taureauトロウ d'orドール>第三騎士団は八咒鏡やたのかがみ師団と第四騎士団の挟撃を受けて壊滅の危機に瀕している。


 反対側に位置する第六騎士団は第五騎士団に牽制されて行動を大きく制限されており、残る第一、第二騎士団は布陣調整のための作戦行動を取っている。


「……見つけた」


 メイフィルの唇が、僅かにつりあがった。




 時を同じくして、天叢雲剱師団艦隊の呪的戦略艦<文昌帝君ぶんしょうていくん>の操縦士が異常を確認した。


「メインのスペルアーカイヴに外部アクセス確認……ダメです、接続を切断できません!」


「何処からだ!?」


「距離二百五十……艦隊内からです!!」


 前後からの攻撃を受け、逃げ場を失った<Taureau d'or>第三騎士団の命運は、今や風前の灯であった。


 どちらを向いても退路はなく、圧倒的な攻撃を受け続け、じりじりと外殻部に近いところから艦船は次々と沈められている。


 旗艦ブリッジにて、元帥ギュスターヴは混乱と狼狽を同時に宿した精神に翻弄されていた。


 <Dragon d'argent>が出現し、第四騎士団に攻撃をしたところまでは覚えている。だが、どうしてその直後に、自分の艦隊が仲間であるはずの第四騎士団からの攻撃を受けることになったのか。そして、どうして今は敵と味方の双方から攻撃を受けているのか。


「け、結界を展開しろ、何としても、救援を」


「遅い」


 メイフィルはバッグの中にあるソフトを使って三つのコンピュータを呪的連結スペル・リンケージ


 演算処理とスペルデコードは呪的戦略艦、統括指令はこの艦のコンピュータ、そしてプログラム展開先を<サンダルフォン>メイン航行コンピュータに設定。


「闇に堕ちなさい……珊瑚の騎士」


 そこに至り、フィオラは何をしようとしているのかを悟った。


 だが、言葉による制止では遅すぎた。


 メイフィルが実行キーを押した瞬間、距離一万メートルを駆け抜けた禁呪が<サンダルフォン>のコンピュータの全機能を停止させる。


 結界展開のみならず、全機能の停止ということは、戦場において無防備な姿を晒すことを意味する。攻撃、防禦はもちろんのこと、回避ならびに行動の一切を停止させられた<サンダルフォン>に百を超える光の槍が突き立てられる。


 まるで盲目の龍を屠る勇士のように、天使の名を冠した艦が無数の光学兵器の直撃を受け、大きく震動する。


 一瞬の間を置いて、動力系統を破壊された<サンダルフォン>は宇宙空間に、極小の太陽のような光球を出現させ、そして消失した。




 第三騎士団を示す記号が消え去ったモニターを見つめるメイフィル。


「あなた……」


「まず、一人」


 小さく、そして満足げに呟きを漏らすメイフィルは、羅刹の如き貌のまま、微笑んでいた。


 



 

 <Taureau d'or>第四艦隊<藍玉アクアマリン>の誘爆は囮であった。


 あらかじめ、バルダザールの指揮によって最前線には燃料を満載しただけの旧型の艦を配置。


 それを<Dragon d'argent>八咒鏡師団が攻撃することにより、あたかも第四艦隊が爆発したかのような光景を生み出したのだ。


 軍事演習は、完璧な安全管理のもとで行われるはずであった。


 無論、ハード面での管理は幾度も確認され、そしてまた厳重な警護の元におかれ、何の不備も無かった。


 しかし、演習の日取りの二週間前、その情報を<Taureau d'or>の外部に持ち出した人間がいたのだ。それは<Dragon d'argent>天叢雲剱師団長ジークルド・ツヴァイクの元へと送られた極秘文書。


 一切の電脳回線を通さず、完璧なまでのオフラインの経路を辿って手渡されたその文書の動向を事前に掴めた者は皆無であった。


 




「我はS.A.I.N.T.のニーナ・ジュエルロック。第二陣、<Dragon d'argent>天叢雲剱師団および八尺瓊勾玉師団はこれより百三十秒後に到達せん。全ての電子計測器、結界による探査は不可能、出現ポイントは第五騎士団の左舷。繰り返す、我はS.A.I.N.T.のニーナ・ジュエルロック……」


 通信妨害ではなく、計測機器および結界管理の一切を監視艦<バロール>に一任していた<Taureau d'or>は、ニーナの裏切りによって、その目となるものを完璧に失っていた。


 各艦に搭載された補助計測機材での代用はできるが、この混戦時にセットアップをやり直す時間はない。目視、そして限定された範囲内での識別信号の確認だけで、周囲の状況を把握するしか方法は無かった。


 しかし。


「ニーナ様……応答信号がない艦隊を確認! <Dragon d'argent>八尺瓊勾玉師団旗艦<饌速日神ニギハヤヒノカミ>!!」


 一糸乱れぬ連携こそが重要であるこの奇襲作戦において。


 旗艦からの連絡が途絶えたということは、ただならぬ事態が起きているということ。


 




「……よろしい」


 ブリッジ内に集結した全操縦士を睥睨し、隻眼の男は満足げに頷いた。


 八尺瓊勾玉師団旗艦<饌速日神>は現在、航行システムを除く全操縦・通信系等は麻痺状態にあった。


 故障ではない。


 髪を香油で撫でつけ、そして黒いゆったりした着物を纏った隻眼の男の腰には、分厚く太い鞘、Arracherアランシュ unウン Sabreサーヴルが吊られていた。


「これより、八尺瓊勾玉師団は一切の作戦行動を中断し、本国への帰還を行う。抵抗する者には容赦は要らん……斬れ」


「……貴様」


 怒りを押し殺し、声を絞り出したのは師団長マティルデであった。


「自分が何をしているのか、分かっているのか……?」


「あんたこそ分かってんのかよ?」


 腕を組み、マティルデを見下してみせる男は、正宗師団少将を務める位階にあった。


 師団長と少将。


 階級が絶対的意味を持つ軍部において、少将が正面切って反論できる相手ではないにもかかわらず、その言葉には敬意の欠片も無かった。


「マティルデ・ミーゼズ……あんたは本国に送還され、しかるべき処罰を受けてもらう……<Taureau d'or>と手を組むなど、許されるわけがねえだろうが?」


「……誰に向かって口を利いている」


 端麗な表情が怒気に歪む。マティルデこそ武器によって威嚇されているとはいえ、師団一つを纏める長としての地位もある。


 その彼女が放つ気迫など、一介の少将などでは勝負にならぬ。


 静かなる怒り自体が拡散し、少将の率いる正宗師団員が柄に手をやった。


 武器の使用、ならびに殺傷は師団長セクト・ハーレィフォンから許可を受けている。この場で癇に障るこの女を斬り殺したとしても、師団長からのお咎めはないに違いない。


 そんな血生臭い計略を思い描き、少将が唇を舐め湿らせたときであった。


 まるで業火に清涼な清水を打ち掛けて鎮めるが如く、空間に凛とした涼やかな気が満ちる。


「そこまで」


 優しく、柔らかく、そして強い意志に満ちた声が聞こえてきた。


「今すぐに刀を納められよ、正宗の名を汚す貴兄」


 声の主が判別できぬ。だが今この場に居合わせている人間たちの誰も、そのような気迫を込めた声など出せぬ輩ばかりである。


 狼狽は焦燥を生み、そして混乱を招く。


「……き、斬れッ!!」


 マティルデを斬り伏せることで、その声から逃れられるとでも考えたのであろうか。


 しかし号令に従って柄を握り、部下が刀身を引き出す瞬間。


 上下に取り付けられた三十個の車輪によって形状すら歪めるほどに圧をかけられた刃が抜き放たれるよりも早く。


 居並ぶ部下たちの間隙を、白い微風が優しく頬を慰撫するが如くに擦り抜ける。一瞬の遅滞を置いて、少将の腰にあったArracher un sabreもまた、音を立てて分解、破壊される。


 重い鞘がごとりと床に落ちたと同時に、少将の視界に一人の白衣の男が現れていた。


 それまで何処に身を隠していたのか、そして如何なる技で全員のArracher un sabreを刹那に破壊したのか。どちらの疑問についても、目の前に現れた男を知る者であれば、即座に答えが導き出せたであろう。


 まるで子を護る親鳥のように、裾を翻してマティルデの前に仁王立ちになる痩身の男。


「……貴様、<白仙はくせん>!?」


 だが白衣の男はその声を無視し、背後に向かって声をかけた。


「マティルデ・ミーゼズ様。我等が主、アンジェリーク・カスガ殿の命により、<白仙>が一人、流水月天るすいげってん、不肖ながら貴女をお守り申し上げます」


 長く伸ばされた白髪は、まるで雪解けの清水の如く。


 しかし男の相貌は若く、肌は抜けるほどに白い。


 およそ力仕事には不向きではないかと思われるほどに細いその躰ではあったが、彼は元正宗師団長にして天剱の称号を継承するアンジェリークの持つ特務部隊<白仙>の一角を担うSchwertシュベールトMeisterマイスターであった。


 彼等一人一人が卓越した腕を持つ戦闘集団であり、戦闘能力は言うに及ばず、その身に有する人徳は軍の中でも他の追随を許さぬほどであった。


 ひとえにそれは師団長アンジェリークの教育の賜物であり、また同時にアンジェリークの意を介する者が自ら集い、双方の努力と憧憬によって構成された部隊は、<Taureau d'or>においてもなお語られるほどであったと聞く。


「貴殿の武器……何やら名がついていたように思うが、そのような機械で我と戦えると思うなよ」


 Arracher un sabreは元より正宗師団に伝わっていたものではない。アンジェリークが去り、<白仙>が散ったのちに就任したセクト師団長の命令によって開発された、後世の武器であった。無論、アンジェリークと<白仙>が部隊にいた時代にはそのような機械仕掛けの武具に頼ろうとする者はおろか、そうした考えすらも沸き起こることはなかった。


「……貴殿は緊急シャトルにて戻り、セクト・ハーレィフォン殿にお伝えするがいい……わが師アンジェリーク、そして我等が<白仙>は、これより<Dragon d'argent>と袂を分かつ、とな」

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