第二十九章第一節<Banquet of Walhalla>
満天の星々をも圧する煌き。それらの全てが人の手によって生み出され、輝きを宿し、そして煌びやかなタペストリーを織り成す。
戦をするために創られ、魔を紡ぐために姿を成したものたち。それら一つ一つには、太古の世界より名を受け継いできた神々が宿るとされ、湛える御名が与えられている。神というにはあまりに武骨で、重々しく、そして禍々しいものではあったが。
それでもなお、人々はいまだ知らぬ世界へと足を馳せ参じさせる際には、己を抱き護る神に祈らずにはいられないということか。
第五活動可能領域<Geburah>。
峻厳を象徴するその領域は、長らく<Taureau d'or>の主要惑星群の所在を示すものとして扱われてきた。
その地に集いたるは、西方世界にその信仰を集めた神々たち。総勢二百六十を数える艦船の群れは、すなわち<Taureau d'or>の擁する六つの騎士団の精鋭たち。
戦艦、呪的戦略艦、巡洋艦、戦闘艇からなる六つの部隊は、まさに壮麗なる神の宴。これより繰り広げられるのは、あたかも北欧にて宴のために舞い、戦い、殺し、そして夕餉になれば息を吹き返す、ヴァルハラの戦士たちの如き、偽りの戦。
円陣を組むように配置された、六騎士団。
そのそれぞれの旗艦において、頭領はモニターにその姿を映し出されていた。
第一騎士団<真珠>大将、アルフォンス・カレーム。旗艦<ヌァザ>。
第二騎士団<琥珀>元帥、テレンス・アダムズ。旗艦<アレス>。
第三騎士団<珊瑚>大将、ギュスターヴ・カサド。旗艦<サンダルフォン>。
第四騎士団<藍玉>元帥、バルダザール・ブルーアヴロー。旗艦<ウィツィロポチトリ>。
第五騎士団<星彩青玉>大将、セヴラン・ファインズ。旗艦<グルヴェイグ>。
第六騎士団<翡翠硬玉>元帥、ゴーティエ・デュガ。旗艦<チェルノボーグ>。
彼らは、さしずめ神の名の元にその異能を駆る、神官のようでもあった。
もっとも後方に位置しているのは、第二騎士団艦隊。その旗艦のブリッジには、テレンス麾下の部下たちに混じり、戦場には似つかわしくない人々が集っていた。
第二騎士団の艦船のいくつかを開放し、そこに王家の者たちを招待したのであった。現在の騎士団の実力と、その現状を知らしめるには最良のシチュエーションである。
「各騎士団、配列完了いたしました」
部下の言葉を確認すると、テレンスは両手を背中で組んだまま、居並ぶ王家の者たちを一瞥し。
「それでは、これより、<Taureau d'or>騎士団の軍事演習を開始いたします」
「布陣、完了しました」
第四騎士団旗艦にて、指揮を執るバルダザールの傍らで部下が敬礼し、報告を述べる。
「ご苦労だったね」
「……お言葉ですが、元帥閣下」
満足げに頷くバルダザールを前にして、そのまま立ち去りかけた部下が言葉を重ねた。
「なんだね」
「あの、艦隊前面に配置致しました戦艦は、その」
「……今に見ているといいよ」
柔和そうな顔のまま、バルダザールはモニターを見つめている。その視線の先に、何を見ているのだろうか。バルダザールの言葉を理解できずにいる部下に、彼は優しく微笑んだ。
「それよりも、この演習では失敗は許されない……分かっているね」
「は……はッ! 心得ております!!」
「それは頼もしい」
バルダザールは部下の将兵に向き直ると、その肩をそっと叩いた。
「戦場では何が起きても不思議ではない、それをしっかりと、覚えておきたまえ」
「監視システム、並びに魔力感知システム、オールグリーンです」
「上等だ」
艦隊よりおよそ三千キロを隔てた上空において、監視艦<バロール>ブリッジにいるのは、S.A.I.N.T..の一角を占めるニーナ・ジュエルロックであった。
彼女の構築したシステムは現段階ではほぼ完成を見せており、また同時に百五十箇所からの干渉を受けてもなお守護レベルの低下を見せないその技術は、まさに最高水準であった。人間の反応速度とコンピュータの検索速度を併せ持ち、それらを呪的強化することで数倍の能力に安定させたニーナは、まさに鉄壁の護りを有しているといえた。
「今回は、あたしに人選が任されているからね……あんたたち、光栄に思いな?」
丸眼鏡の向こうで屈託のない瞳を輝かせ、浅黒い肌を惜しげもなく露出させたその姿には、しかし色香は微塵も感じさせない。
だがニーナを慕う部下たちが一様に口にしてみせるのは、彼女の懐の深さであった。
「いいかい、今回はこんだけ広域に探査結界を張ってんだ……その防壁維持一つ取ったって、新人にゃあ任せられない大仕事なんだよ?」
ニーナはブリッジの椅子に乱暴に腰を下ろすと、左腕をアームレストに乗せる。通常のそれとは形状が大きく異なるそれは、ニーナの義手のために開発されたインターフェイスであった。
腕をすっぽりと包み込むくぼみに肘から先をはめ込み、そしてレバーを五指で握りこむと、周囲のプラグが次々と義手に接続される。心霊的手術によって、無機物質と有機神経との融合に成功した彼女の意識が、<バロール>のコンピュータシステムと直結する。
無限大の拡散と収斂が同時に発生し、魔術的無意識への同化にも似た精神変容がニーナを包み込む。
通常の意識であれば、その潮流の持つ恐るべき圧によっていとも容易く消失しかねない。その負荷に耐え抜き、ニーナは痙攣する瞼を押し開く。
脳天に穴を開けられ、そこから脊髄を引きずり出されるような錯覚が消失し、意識が明瞭になる。
「軍事演習開始まで、残り三百秒」
「魔力探査結界、強化レベルをⅡからⅢに移行」
「ニーナ様……行きます」
頷くや否や、座したままのニーナの躰がびくりと震える。半径数千キロメートルの規模の結界全体を、これから領域内で使用されるであろう魔術的兵器による余剰魔力に耐えられるために強化したのだ。
その一瞬だけで、典礼魔術数年分の累積魔力がニーナから結界全体に補填される。
活動可能領域に生まれた霊的世界において、数々の思惑を抱いたまま、演習は開始された。一斉に動き出す艦隊をモニターごしに見つめながら、ニーナは小さく呟く。
「そうかい、そうかい……そんなにあんたたちは、戦いが好きなのかい」
無数の光点によって表示された艦隊は、現実というよりはまるでシミュレーションゲームのようであった。今すぐにでも、スイッチを切りさえすればモニターは暗転し、艦隊ごと消滅するのではないかと思えるほどに、その光景は現実味を欠いていた。
否、それでも、やはり兵器というものは生み出されるだろう。
争いそのものを否定することはできぬ。それは生命の本質であり、また世界の理の一部を成す行為なのだから。
しかし、その目的が生存ではなくなったとき、戦いはその性質を違える。純粋な生存のみならず、人の手による戦いには、必ずといっていいほどに無数の欲望が添加される。
それは、果たして許される戦いなのか。
この世界に息衝く無数の命が、ただ明日を目指すためだけに繰り広げる争いの、なんと激しく、そして生命の律動に彩られていることか。そして世界を蝕む我等人という種が行う争いの、なんと禍々しく、そして不毛であり背徳に満ちていることか。
それでも、自分たちは紛れもなく生きている。
生きている以上は、生命の理に従わねばならぬ。
そうして、己の両手を血に濡らしながら、生きていく。
正しきことなのだと、繰り返し呟き、言い聞かせながら。
その輪廻から堕ちる者は皆等しく、死者か狂者であろう。
「さぁ、行くよ……しっかり働いておくれ、お前たち」
誰にともなく、ニーナはそう囁いた。