間章ⅩⅩⅧ<支配の終焉>
一瞬の静寂をおいて、放たれた裂帛の怒号。それは部屋の中を響き渡らせ、聞く者の心に無形の楔を打ち込む。闇に沈むその書斎の中で、ある一角だけがモニターの光によって淡く浮かびあがっていた。
その中で、黒衣の男の顔だけが、憤怒の形相で光をねめつけている。びりびりと震える唇を何とか押さえ込み、呼吸を整えるジェルバールとは対照的に、スピーカーから聞こえてくる声には嫌味なほどに余裕があった。
「何か、お気に障ることでも申し上げましたかな」
「ふざけるな」
荒い呼吸の狭間でそう呟くジェルバールの視線は、微笑みを湛えた口元をした一人の軍人に注がれていた。<Taureau d'or>第二騎士団<琥珀>元帥、テレンス・アダムズ。
「ふざけている心算はございません」
「貴様があの太刀を知らぬわけがあるまい?」
顎に指をあて、しばらく考える所作をしたテレンスは、やがて大きく頷き。
「ああ、あのSchwert・Meisterの持っていた太刀ですな」
「王家所蔵の太刀と言えば一つしかないはずだ。それを見つけておきながら、太刀のみの返納で終わらせようとするなど」
「ですから」
興奮した口調のジェルバールに、テレンスは口を挟んだ。
「正式にS.A.I.N.T.へ依頼通告をし、ソランジュ様へ運搬は依頼しましたが」
その言葉と行為に、ついにジェルバールの堪忍袋の緒が切れた。
「貴様、誰に向かって口を利いていると思っている!!」
一介の騎士団頭領風情が、皇太子の言葉を遮るなどという愚行を犯して良いはずがない。
だが、テレンスの態度に変容はなかった。
「どうか、お気を鎮めてくださいませ」
口調は敬語ではあったが、その他の気配に皇太子への敬意はない。まるで聞き分けのない生徒を宥め諭す教師のような声色だった。
「確か、王家から頂きました命令書には、確かに太刀<雷仙>については明記されておりました」
口元にへばりついた笑みは、相手を見下し、侮蔑し、嘲笑うかのように。
「しかし、それ以上の命令は、頂いてはおりません」
「……何が言いたい、テレンス」
声のトーンが落ちる。眼前にいる軍人は、どうやら一筋縄ではいかないようだ。
否、それよりも、この男の目論見はなんだ。
「単刀直入に申し上げます」
テレンスはモニターに顔を近づけ、そして囁くように呟いた。
「私たち騎士団としてはですね、皇太子殿下の弟君の所在のことなど、瑣末なことはどうでもよろしい、と申し上げているのです」
無言のままのジェルバール。こみ上げてくる怒気を押さえ込むので精一杯で、言葉を紡ぐことができない。
「それでは、僭越ながら私から殿下にお聞きいたしますが」
まるで蛞蝓のようなぬめる舌が翻る。
「皇太子殿下……いや、王家の方々は、現在の騎士団の置かれている状況がお分かりですか」
「……テレンス」
口元に指をあて、詰まったような笑い声を漏らす。
「もう、貴方たちの時代は終わったのですよ」
王族が支配特権者階級として、騎士団を抱え込む形態の支配の時代ではないということか。<Dragon d'argent>との抗争のみならず、正体不明のL.E.G.I.O.N.の存在もまま見られる時代において、そのような安穏は何処にもない。
「<Taureau d'or>騎士団を代表して申し上げます……四日後の軍事演習にて、王族の方には現在の騎士団の状況を目の当たりにしていただく」
一度言葉を切り、ジェルバールの反応を待つテレンス。
その姿は、皇太子と騎士団頭領の会話などではなかった。両者の間に、精神的な階級差は最早、ない。
「その上で、今後とも我等と共にありたいという方にのみ、我等は門戸を開けましょう……王家としてではなく、我等のスポンサーとして、ですがね」
不気味なな笑みをそのままに、通信はテレンス側から切断された。