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新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8  作者: 不死鳥ふっちょ
第三部  Bien qu'il y ait une méchanceté chaude, le monde continue.
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第二十七章第二節<Old Swamp>

「申し訳ありませんが」


 流暢な言葉を紡ぐ唇に、絹糸のように滑らかな銀髪が触れる。直立の姿勢は崩さぬものの、八尺瓊勾玉やさかにのまがたま師団長マティルデ・ミーゼスは充分に挑発的な視線を眼前の統括軍務省長に向けて注いでいた。


 人として必要な骨格と最低限の筋肉を、充分に蓄えた脂肪で包み込んだ巨体を椅子に押し込めるようにして座っている省長。その口から、マティルデはにわかにはとても信じ難い言葉を聞いたのであった。


「もう一度、仰っていただけますか」


 巨大な褐色の円卓に一人腰を下ろす省長の前には、二つの人影があった。


 一人はマティルデ・ミーゼス、そしてもう一人は<Dragonドラゴン d'argentダルジャン>で唯一の艦隊を持たない白兵戦闘のエキスパート集団、正宗マサムネ・ザ・ネームレス師団長のセクト・ハーレィフォン。


 頭髪を見事に剃り上げた風貌をしており、また軍服から覗く猪首からも分かるとおりに、全身を鍛え上げられた筋肉で包み込んでいる。まさに戦士、否狂戦士の異名が似合う男であった。


 その狂戦士セクトは、傍らで凛と通る声で繰り返しを求めるマティルデに眉根をひそめるが、当の本人は一向に気にしていない。


 問い返された省長は機嫌悪そうに咳払いを一つしたのち、低い声で同じ文言を告げた。


「マティルデ・ミーゼス師団長、一週間中に艦隊を率い、<Taureauトロウ d'orドール>との戦闘行為を命ずる」


「理由がわかりません」


 省長の視線にも怯まぬ口調でそう言い除けるマティルデ。


「理由などお前たちに言う必要はない。これは閣議で決定した戦闘行為なのだ」


「理由が不明瞭なままでは部下の士気にも関わります。納得の行く説明をお願いします」


「おい」


 野太い声で制するセクトに、マティルデは一瞬だけ視線を向ける。その刹那の瞳の交錯を、果たしてセクトが理解しているかどうか。


 無理だろう、というのがマティルデの推論であった。そのような繊細な感情の機微を、理解できるような男ではない。


「ならば理由とやらを教えてやろう。先日、お前の仲間がヴェイリーズ・クルズの奪還に失敗した。お前はヤツの責任を取り、ヴェイリーズを取り返して来い」


「お言葉ですが、省長」


 省長の弁明を待ちかねていたかのように、マティルデが口を開く。


「<Taureau d'or>第二騎士団は、移動要塞ユグドラシルの出撃を申請したという情報が入っております。当該宙域において物質反応はなし、となれば現在は本国に向かっているはずです」


「ならば追えばよいではないか」


 びりびりと空気を震わせる重低音がセクトから放たれる。だがその短絡的な思考に、マティルデは柳眉を逆立てた。


「ではセクト師団長、回廊転送及び<Taureau d'or>艦隊追撃のための諸費用、及び作戦立案のための時間、その他もろもろの作戦行動、如何にして捻出するとお思いか」


「ふん」


 鼻を鳴らし、セクトは腕を組んだ。


「我等、正宗師団は艦隊戦などは行わぬ……そのような瑣末なことなど」


 軽く痛み出す頭を抱え、マティルデは会議室に坐す省長に視線を戻した。


「如何に統括軍務省長からの命令といえど、現在の状況ではお受けすることはできません」


「ほう」


 それまで背もたれに身を預けていた省長は、そこでやっと身を起こした。かなりな重量の戒めを解かれた椅子が安堵の軋みを上げて抗議をする。


「マティルデ師団長、君はあと一ヵ月後に何か大きなイベントがあるのを忘れているようだね」


 一ヵ月後、と指摘をされたマティルデは、今後の予定表を脳裏に浮かべて検索を掛けてみる。


 が、省長の言う大きなイベントというものに該当する項目は見当たらない。


「……と申しますと」


「おいおい、それが一師団を預かる者の言葉かね……もう少し、物事には敏感になってもらいたいものだね」


 省長はぐいと身を乗り出す。


「予算案提出の期限だよ……もしこの遠征を飲んでくれれば、君の師団に大きな額の割り当てを提案しようじゃないか」


 その言葉に、マティルデは愕然となった。予算一つで、作戦的には無謀とも思える決断を迫るとは。


 これが自分であるからこそ、抵抗が出来るのだ。同じ考えを持つ人間が、もし一部隊の将校に同じ態度をとったとしたら。


 その地位と権限の格差に圧倒された人間が、自らのみならず、部下の命をも簡単になげうって、目先の利益に飛びつくことも充分に考えられる。


「お断りします」


「いい加減、省長のお気持ちを汲んではどうだね」


 傍らのセクトが言葉を添えてくる。権力と保身、その二つの単語に彩られた彼の思考など、唾棄してもあまりあるものなのに。


「来年度には省長の任期が切れることを懸念していらっしゃるのだよ……もし省長直々の指揮による作戦行動が成功すれば、次期の就任は」


 これ以上、狸の化かしあいにつきあう義理もないだろう。


「ともかく、出撃の心算はありません……私から申し上げられるのはそれだけです」


 踵を返すと、マティルデは闇の中に沈む会議室の扉に向かって歩き出した。




 省長とセクト、二人から放たれ、そして追いすがってくる気配を断ち切るように扉を閉めたマティルデは、そこでようやく胸のうちに溜めていた呼気を吐き出した。


 この機構は、何処までも腐っている。それが分かっているのに、効果的な打開策は何処にもない。師団長としての自分ですら手をこまねいているこの状況に、歯がゆく思っている人間は少なくないだろう。


 だが、どこかに道があるはずだ。


 不甲斐ない己を胸中で叱咤し、歩を踏み出そうとした、そのときであった。


「……マティルデ」


 名を呼ぶ声に、反射的に眉をひそめて振り返る。


 だがそれがすぐに間違った反応であることに気づく。名を呼ぶその声は、彼女がよく知る者のものであったからだ。


「ジークルド」


 廊下を歩いてきたのは、軍服姿のジークルド・ツヴァイク―天叢雲剱あめのむらくものつるぎ師団長であったからだ。


「どうしたの、こんなところで」


 微笑を宿すマティルデに、ジークルドは厳しい面持ちのまま、並んで歩き出す。


 様子がおかしい、と気づいたのはそれからすぐのことであった。名を呼んでおきながら、視線を交わすことも会話を切り出すこともしないままに歩を進める。


「……ジークルド?」


「振り向くな」


 それは、マティルデにも聞こえるかどうかという程度の声量であった。


「後を付けられている……これを、お前に渡しておく」


 ジークルドの歩みが速められ、マティルデを追い抜く瞬間に、彼女の手に一枚の紙片が押し込められる。


 事態をつかめぬままにその背中を見送るマティルデは、角を曲がったジークルドが見えなくなる前に、足早にその場を立ち去っていった。

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