魔物と逃走
草原をひた走ることしばしば、王都への道のりは順調に進んでいた。
その間にも他愛のない話を繰り返していたが、自分が異世界から来たことなど、到底明かせるわけもなく、明かしたところでそんな話信じてもらえるのかすら怪しかった。
(とりあえずどうやって切り出したらいいものか……)
いつまでも自分の事を話すこともできぬまま、自分の素性を説明するための言葉を思考する。
まず、冬夜は学校への道の途中で異世界に転移したのだ。その服装も学ランである。対して、スレインの格好はいかにも旅人のような布のシャツにズボン。
この世界にも学ランに似たような服装があるのかは定かではないが、近くの村から旅をしている最中にしては、明らかに怪しい。
商売のために王都に向かっているだけあって、荷馬車の中身は、木箱に詰められた果物や穀物、調味料や酒がはいっているであろう樽もある。
冬夜のポケットにはいっている、携帯電話のような生活水準の物が発展している世界だとは考えにくい。
今は何もわからないのが現状なのだ。
「爺さん……俺記憶がないんだ……」
「そうじゃったか…王都にでも行けば、その変わった格好じゃ、もしかしたら何か分かるかもしれん」
助けてくれたスレインに嘘をついたことで胸が痛むが、異世界から来たという話をするよりこの世界について知るのに最適と判断した。
そこからスレインは、この世界について色々な事を教えてくれた。
この世界にも季節がある。春夏秋冬は地球と変わらない、今は地球と同じ春のようだ。
この世界の名前はスフィア、いくつもの大陸があるらしい。
この世界には魔法があり、大気中にある魔素を吸って魔物や精霊が成長していく。魔法を行使するための魔力も、魔素を体内に取り入れ魔力とする。
魔素の多い環境では、魔物も強くなる。SからFランクまでの魔物が存在するが、今いるような草原に存在する魔物はE,Fランクの魔物のようだ。
Sランクの魔物で、ドラゴンや神獣など天災のような魔物。Aランクの魔物で王国やギルドが討伐隊を編成する魔物。Bランクでは熟練冒険者がパーティを組んで討伐する。
貨幣には、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨となっている。
鉄貨百枚が銅貨一枚、銅貨百枚が銀貨一枚、銀貨百枚が金貨一枚、金貨百枚が白金貨となっている。
金貨が一枚あれば、農家の家族が一年は暮らしていける金額のようだ。
また白金貨は、貴族や貴族と繋がりを持つ大商人しか取り扱っていない。
魔法について説明してくれたことは、魔法の属性には火水風土雷氷光闇がある。魔法使いの才能のある人間には基本4属性の火水風土の適正がある。なかには珍しい属性の氷や雷を持つものもいる。闇属性を使うのは魔族や魔物、光属性は精霊や神官など。
自分にあった属性しか覚えることしかできないが、複数の属性を覚えることができるものもいる。王国の宮廷魔導士や優秀な魔法使い、魔導士は複数の属性を使いこなす。
「今はそれくらいにして、来おったようじゃぞ!」
「あれは……狼?」
前方から3匹の灰色の狼のような魔物がこちらに向かってくる。日本にいる狼より少し大きく、口元からは犬よりもずっと巨大で鋭利な牙が見てとれる。
「あれはウルフといってEランクの魔物じゃよ。常に複数で行動しておるからEランクじゃが、一匹ならFランクくらいの魔物じゃ」
「爺さん、大丈夫なのかよ?」
「あれくらいの魔物じゃったらコイツで十分じゃよ!」
そういってスレインが荷台から取り出したのは大きい鉄製のボウガンだ。それも余程手慣れているのか、近づいてくるウルフの群れの一匹に矢を命中させては装填し、再度命中させてと三度繰り返し、なんともないように撃退した。
「王都への商売でよくこの道を通るからのぉ、これくらいなら日常茶飯事じゃ!」
「は、はは……頼もしい限りだよ本当に……」
商人にとって移動中に戦闘とは、大した魔物など出てこない所を自衛の武器を持って移動するか、護衛の冒険者や用心棒などを金銭で雇い移動中の安全を確保するかである。この草原のように、ランクの低い魔物しか出ないような場所ならば、飛び道具などを用意しておけばそのようなコストはかからない。
「爺さんは、魔法とか使わないのかよ?」
「儂には魔法の才能がなくてのぉ、火をおこす程度の魔法なら使えるんじゃが、攻撃につかえるような魔法は使えんのじゃ」
魔法は誰でも属性を持ってはいるが、それを攻撃や防御などに使おうとすれば話は別である。そこにはやはり生まれついての才能で威力や規模が変わってくるのである。
スレインは火をおこすことしかできないように、そよ風や水たまりしかだせない属性の者もいる。だが反対に、火柱を上げたり、竜巻をおこしたり、津波で敵を押し流すような規模の魔法を使える者もいる。
魔法には必死に努力しても、やはり才能という壁は超えられない。
だが努力しても無駄というわけではない、使えば使うほど精練されていき、術者の魔力の最大量も増える。こうして中級者程度の実力でも鍛錬と戦い方次第では上級者を破ることだってできる。
◇◇◇◇
「お!新しい魔物か?爺さんまたまた出番だぜ!!」
近くに現れた魔物に今度も簡単に撃退してくれると、そう期待してスレインの方を向くと、スレインは驚愕をうかべて口を開けていた。
「ばかもんがぁ!!!!!ありゃBランクのビーストイーターじゃ!!本来ならこんな草原におるような魔物じゃないわい!!!はよ逃げんと食い殺されるぞ!!」
先ほどまでうかべていた笑顔は消え、今は焦りからか、見たことのないような表情をしていた。
それもそのはず、Bランクの魔物ビーストイーターは、瘴気の多い樹海などに生息する、人や動物を喰らう魔物だからである。ギルド依頼などに討伐報酬が出され、熟練の冒険者がパーティを編成してようやく討伐できる魔物である。到底このような草原に出現するような魔物ではない。
当然、手持ちのボウガンなどで相手ができる魔物ではなく、ここは逃げるべきところである。
だが、このビーストイーターの姿かたちは、地球出身の冬夜には赤いライオンに見えた。血のように真っ赤で現在も何かを食べていたのであろう、その口には動物の肉と血が滴り落ちている。
鍛え抜かれた筋肉からは容易にその速さも予想でき、この馬で逃げられるようなものではない。
「小僧!お前さんが手綱を握るんじゃ!儂が迎撃するわい!!死にたくなかったらおもいっきりひっぱたけっ!!」
「わ、分かった!!」
馬も肉食動物に追いかけられている恐怖を理解してか、鞭で強く叩かれ、逃げる速度を上げていく。その間にもスレインは追ってくるビーストイーターに荷馬車からボウガンを何度も撃ち、額や胴体に命中させていくが、ライオンの見た目からは想像できないほどの防御力で、矢を弾いている。それでも何としてでも追いつかれないようにスレインは、荷馬車に積んであった雑貨や陶器もビーストイーターに投げつける。
「このくそったれがあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そうスレインも叫びながらも、ボウガンを撃ち、距離を縮められてきたら荷馬車の物を投げる。
そうして、そのスレインの行動に、いつまでも抵抗を続ける獲物に憤怒したのかビーストイーターは、さらに速度を上げ、馬車の側面につき、その勢いで馬車に体をぶつけてきたのだ。
「くっ!!!」
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
その衝撃で、なんとか冬夜は手綱を握りながらも手すりをつかみ衝撃に備えることができたが、スレインは荷台で派手に転倒し、立ち上がれず迎撃できずにいた。
そして、三度目の突進で馬車が馬ごと倒されてしまい、この生死をかけた逃走劇も幕を閉じた。