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花が散る、その夜に。  作者: 花の巫女
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『一組の布団』

「そ、それは、だな……」


「それは……?」


念を押すように問い詰めると、やがて諦めたのか肩を下ろしてやけに小さい声で答えた。


「睨んでいるつもりなどなかったんだ。あの踊りに心底感動して、魅入ってしまったらしい。」


「……っ…」


それが自分を喜ばすために言うお世辞ではないということはこの短い時間の中で既に分かっていた。故にあまりにも素直に言われると、顔の火照りが止まらなくなる。


散々称せられてきた千里が軍部の幹部に褒められただけで顔を赤くするなど他の客が見たら相手に好意を寄せていることは明白なのだが、それを認めてしまえば二人一緒に共倒れしてしまう事態は避けられないだろう。

それ以前に互いがその気持ちに気付くかどうかすら明瞭ではないのだが。


「それって口説いているつもりなの?」


手を出していない左袖を口元に持っていき、くすくすと笑う千里に丞の顔は益々赤くなるばかりである。


「く、口説くなどっ…大人をからかうでない。いやしかし、今宵はどうなさる?」


「生憎この部屋には一組しか布団が置いてなくて…。他の部屋も今日は客室が一杯だから、それはあなたが使って。僕は端っこの方で床の上で寝るから。」


夜伽の依頼をされたので当然布団が一人ずつに用意されているはずもなく、だからといって無理矢理彼とそういう行為をしたいとは思えなかった。

そもそも受け身側の千里にとって自分が誘うまでもなく客が襲いかかってきたのが常だったので、今更自分からいくなど出来るはずもなかったのだが。


「おい」


「どうしたの、そんな怖い顔して」


丞のほうを見れば既に顔の紅潮は引いていて、目が鋭く千里を突き刺し、眉間にしわ寄せしている。言わずとも彼が怒っているのだということは分かった。

しかし何故怒っているのかは分からず、自分は何か彼の気に障るようなことをしたのかと思ったがこれと言って思い当たる節はないのでこてんと首を傾げる動作をすると、参ったとでも言わんばかりの盛大なため息が聞こえてきた。


「どうしたもこうしたもないだろう。布団が一式しかないのなら一緒に寝るしかあるまい。」


「……?抱くの?でも三船殿の前では嫌がっていたじゃないか。」


「抱かんわ。お前が陰間を生業にしているのは知っているが、このような発想しかないというのは問題だぞ…。」


「だって布団はまぐわうためのものでしょう?」


「違う。寝るためのものだ。全く…どうしてお前は己の身体をもっと大事にしないのだ」


「大事にするほど、価値のないものなんでね。幾度も他人に抱かれてきた身体に、誰も価値があるなんぞ思わぬ。」


ずっとそう思ってきたからなのか、千里は一度として“運命の番”を信じたことはなかった。

運命の番──それは、アルファとオメガにだけ存在する特別な関係であり、一度番として契りを交わしてしまえばどちらかが死んでしまうまで一生離れることの出来ない固い固い約束。

しかしこれは残酷な話で、オメガは一人しか番を選ぶことが出来ないのに対し、アルファは複数のオメガと番の関係になることが出来てしまう。

それでも高貴なアルファと番になりたいと願うオメガは少なくないが、晴れて番になれたとしてもその相手からの愛は貰えず、結果的に身体を売ることと変わらない。

だとしたら元々そんな存在するかもわからないものを信じて裏切られるより、最初から期待せず、自分で生計を立てて生きるほうが現実的だというのが千里の考えであった。


「それはお主が決めることではない。万人に愛されるよりも誰か一人に必要とされるほうが好かろう。そしてその一人とはお前が選んで決めるわけでは無く、自分の意思に反して好かれるものだ」


「……随分と夢見がちなことを言うんだね。」


「そう信じていないと、生きていけないものさ。この世界なんて必要のないもので人間を区別して、無理にでも優越感を得ようとする。そしてそんなのは間違っていると誰も否定しない。…俺もだ。だからこそ愛とか絆とか陳腐なものを信じたくなるものなんだろうな。」


「難しいことはよく分かんないけど、裏切られるなら期待しないほうがいい、と思う。」


「その代償を背負ってまで人を愛したことがないのなら、早くから諦めるのはよくない。…千里、もう夜が深くなってきた。湯浴みをしたいのだが。」


時刻は亥の刻。(現在の10時)

とっくに三日月が顔を出して辺りを月明りで照らしていた。

きっちりと敷かれた布団に陰間という組み合わせは、どうにも卑猥だ。

不覚にも千里の美しさ、そしてアルファを引き付けるオメガ特有の甘い香りに、雄としての本能を呼び起こしてしまいそうになる。


「湯浴みは朝だけしかできない。夜にする必要がないから。」


「なんと……」


朝までこの匂いに耐えらねばならぬのか。

丞は今日はあまり寝られぬかもしれないなと、安易に一緒に寝るといったことを少し後悔した。


「丞、本当に一緒に寝るの?」


が、こうも上目遣いで(無自覚)見つめられては取り消すこともできず、結局は腹をくくるということで丞の中で結論づける。


「嫌か」


「ううん。誰かと何もしないで寝たことないから新鮮だ」


「そうか。しかし、流石に狭いな。」


「なら、こうしちゃえばいい」


そう言って千里はぎゅっと丞に抱き着いた。

急激に近付いた二人の距離に丞は目を丸くして驚いたが、それが千里なりの甘えであると理解したので黙って彼を抱擁する。

温かい温もりが二人を包み、そのまま意識は別世界へと落ちていった。


今夜はよく眠れそうだ。



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