寡黙な彼とおしゃべりなワタシ
今日は部屋の明かりがついている。
たっちゃんが出張から帰ってきた。三日ぶり。メールも電話もしていたけど。
やっぱり会わないと淋しい。
「ただいまー。あ~疲れた。仕事大変だったわー」
私はパンプスを脱いで部屋に上がると、エプロン姿で台所に立つたっちゃんに後ろから抱きつく。
「いい匂い。肉じゃが?」
「うん」
たっちゃんは物静かで騒がしいのは苦手。
メールじゃいっぱい話してくれるけど、一緒に居る時はすごく静か。
会社じゃうるさいくらい元気な私だけど、たっちゃんといる時は彼のペースになってしまう。
でも、静かなのも好き。
たっちゃんの大きな手で頭をなでられると、子供みたいに安心する。
「ねえ、ちゅーしよ?」
たっちゃんは困ったような恥ずかしがるような、おどおどした表情で少し前かがみになる。
私とたっちゃんの身長差は15センチ。
たっちゃんがかがんで私が背伸びしたら、ようやく届く距離。
たっちゃんのほっぺたに私の唇が触れる。
少しヒゲがちくちくする。
「お風呂湧いてる? じゃ、入ってくるね」
「うん」
「たっちゃんはいい主夫になれるよ」
「う、うん」
何でもない会話。
いつもの二人。
「その時は私が稼ぐからさ、たっちゃん結婚しよ?」
「……」
私たちは付き合って長いけど結婚はしていない。
なんとなく今の関係が崩れてしまいそうで。それが怖くて。
たっちゃんは口下手だから就職活動が思うようにいかなくて、ようやく就職したところもブラック企業って言われるようなところだった。
どれだけ働いても給料が上がらないみたいだったけど、愚痴もこぼさないで黙々と働いていた。
今回の出張も、同僚の失敗をカバーして地方のお客さんへ謝りに行ったんだとか。
「私がいっぱい稼げていたら、主夫になってもらうのにな……」
一人で入るお風呂は温かいけど少し寂しい。
お風呂から上がると、晩御飯ができていた。
たっちゃんが作ってくれた肉じゃがを食べて、テレビでやっていた映画を途中から観る。
「ねえ、ちゅーしよ」
恥ずかしそうに、たっちゃんが頬を寄せた。
そこに私がキスをする。
「今度はたっちゃんからしてよう」
「う、うん……」
でも、たっちゃんは赤くなってうつむいてしまう。
恥ずかしいんだか照れているんだか、こうなってしまうとたっちゃんからは絶対にキスをしてくれない。
「もうっ、知らないっ」
私は缶ビールを一気に飲み干すと、ふてくされて横になる。
つい甘えてしまって、たっちゃんが苦手なことを押し付けようとしてしまう。
でも好きだったらしてくれたっていいじゃない。
そう思いながら、寝たふりをしていたつもりが、疲れとお酒のせいかいつのまにか寝てしまっていた。
たっちゃんとは大学で一緒だった。
私が手品同好会に入ってて、学祭の時にお客をステージにむりやり呼んで、人体切断のマジックをやろうとして。
トリックが作動しなくて箱がスライドしなかった。
仕切り板を入れようとしてもトリックが動かないから、箱の中の人に当たって入らなかったのに、力づくで押し込もうとしてその人が涙目になっちゃって。
ステージは大失敗。
私は恥ずかしさと悔しさと申し訳なさでステージに立ちつくしていた。
「ごめん……。俺、どうしたらいいか……判らなくて」
当然だ。トリックを知らないただのお客さんを連れてきて、トリックが動けば何とかなると思っていた私がいけなかったんだ。
それでも私をかばってくれて、泣いている知らない女の子の隣でずっと座って慰めてくれた。
そのお客さんがたっちゃん。
それが私とたっちゃんの出会い。
社会人になっても元気だけが取り柄の私の、唯一落ち着く場所がたっちゃんの隣だった。
つらい時も、隣で慰めてくれる。
かけた覚えのない目覚ましが鳴った。
いつも私が起きる時間に。
たっちゃんが気を利かせてくれる。
いい主夫になれるよ、これは。
「ふぁあ、たっちゃんおはよう……」
あ、そうだった。
たっちゃんはもう仕事に行ってしまっていたんだ。
早く出るって言っていたっけ。
テーブルの上にはトーストとベーコンエッグ。
私の分まで作ってくれていた。
その横にある携帯にメッセージありのお知らせがあった。
私はそのメッセージを開く。
--おはよう。起きたか。
朝食はテーブルにあるやつを食べてくれ。
冷たくなっていたら温めて。
「まったく、一緒に食べていってもいいのに。起こしてくれていいっていつも言ってるのにさ」
--それと伝えることがある。
私は目を疑う。
--今の関係を終わりにしないか。
どういう……。
--お前はこのままでいいと言っていたけど、俺は今の生活がつらい。
お互い一緒にいられない。
やだ、なにこれ。
--時間のすれ違いが気持ちのすれ違いになるならもっと苦しくなる。
え、何言ってんの?
--主夫が似合っていると言ってくれたけど、それはできない。
そういうことじゃ、ない。ないんだよ。
--先週、出張中にお前の勤め先が倒産したことを知った。
あ。
--俺に心配かけないようにと思ったんだろうが。
働いているふりをして、無理をするお前を見るのはつらい。
きゅうっと、胸が締め付けられる。
--俺が仕事を頑張って生活はなんとかする。
次の一文が、涙でゆがんだ。
--結婚しよう。
メッセージはそこで終わっていた。
涙でにじんだ画面を何度も何度も読み返す。
「バカッ、こういうことはメールじゃなくて口で言ってよ、口でっ!」
携帯をソファーに投げつけようとして持ち上げた手に目が留まる。
「もう、バカだ。ほんとバカ!」
一度気を落ち着かせようと、洗面台へ顔を洗いに行く。
「あ」
鏡に映る私の胸元、鎖骨の下あたり。
うっすらと残る、控えめなキスマーク。
「昨日のこと、気にしてたのかな……」
昨日の夜、寝るまではなかった、白金の輝きが左手の薬指を飾っていた。
たこすさんの企画【自分の文体でプロポーズの言葉を考えよう】に乗っかる感じで(*ノωノ)
一個前は、ホラーでしたから(^▽^;)