皆さん、洗濯時には気を付けましょう
おはこんばんわ、もぅふと申します。
この作品は『死神少女の図書館』の外伝みたいな様なものです。
一応『死神少女の図書館』の方を読んでからの方が理解しやすいかと思います。
森の木々が枯れ、そして枝が裸になる冬頃。
とある古びた図書館に一人の少年がいた。
よく此処で見かける少女は、今日ある老人の元へ出向いており、少年は一人で所謂お留守番をしているのだ。
入れ慣れない紅茶を一人で入れ、上品になるよう気を付けてカップに口をつける。
貴方も少しは上品に飲み食いしたらどう?
それは少女に言われた事。
それを思い出してか眉間にシワが寄せて顔を顰めた。
彼女は良いとこ育ちだから上品に大人にと教育されて来たかもしれないが、自分は所詮庶民だ。あんな事を言われても今更直しようがない。
それなのに直そうと努力してしまうのはただ単にお人好し過ぎるだけなのか、それとも……。
そんな事を考えてしまう自分に嫌味が差して、フッと嘲笑する。
その際にサラリと母親似な真紅の髪が目に入った。
あの、愚かな女に似てしまった自身の髪。
あの男に似た茶髪に産まれていれば、もう少し可愛がって貰えただろうか。
「 いや…そんな事はないだろうな」
今でもまざまざと思い出す。
振り下ろされたあの汚れた手。
自分を見下ろす赤く染まった顔に、けれど冷めた目。
ふと胸元を覗くと、そこにあるのは蒼い石がはめ込まれた上等なネックレス。
しかし自分には似合わない女物のそれは、今も自分を苦しめてならない。
その苦しみは愛の欲しさ故か、もしくは憎しみ故か。
「 所詮は俺もガキって訳か」
愛が欲しいなんて巫山戯てる。
それでも本能は無意識にそれを求めているのか。
あの日、薄暗い路地裏で面白いモノを拾った。それはボサボサの茶髪にネックレスと同じ青色の瞳をしていた。
その後洗ったら茶髪だと思っていた髪が、金色をしていたのは驚いたが。
この世に生を受けて十七年。
胸にぽっかり空いた穴は塞がらない。
「 フンッ、阿呆らしい」
少女から言われた事はどこへやら、ガチャンと音を立ててカップを皿へ置くと、椅子の背もたれに体を預ける。
「あら?マナーの授業はお終いかしら?」
ふと香った森の香りに、凛とした少女の声。
そちらに顔をゆっくりと向ければ、やはりそこには少女が立っていた。
玄関から現れプラチナの髪を揺らすその様は、まるでお嬢様。
「 って、本当のお嬢様だったか」
「 ふふっ、何が?」
流れる動作で自分の目の前の椅子に座り、自分の入れた紅茶へ手を伸ばす。
「 おい、それは俺のだ」
「 いいじゃない少しは……ってあら?入れるの上手くなってるじゃない」
「 それはお前が嫌って程入れるの見てるからな」
「 へぇ、そうなの。じゃあ、もう一杯入れて貰おうかしら?」
コイツ、調子に乗りやがって。
ピクリとこめかみが引き攣ったのを感じ、舌打ちをするも目の前の少女はにこやかに笑うだけ。
「 はいはい、入れればいいんだろ」
「 ふふっ、ありがとう」
「 フンッ、よく言う」
手荒くカップを奪って、紅茶を注ぎ入れる。
多少雑になるのは仕方のない事だ。
注ぎ終わり、これで仕事は終わりと言わんばかりにまた手荒く渡せば、少女もまた笑うだけだ。
「 貴方って、見た目に似合わず優しいのよね」
「 おい待て!見た目に似合わずってどう言う事だ!」
「 だってそうじゃない。目付きも口も悪いんだもの、怖く見えるのは仕方のない事よ」
「 悪かったな、目付き悪くて」
「 うふふ」
この釣り上がった茶色の瞳も、上品の欠片もないこの話し方も全て、あの男から受け継いでしまったもの。
だから仕方ない、変えられない。
「 お前、俺を弄めて楽しいか?」
「 そんな事ないわ。私は優しいもの」
「 …あっそう」
呆れて顔を歪めれば、少女は満足気にカップに口を付けた。
全く、おっかない死神め。
一見可憐そうに見えて、性格がコレなのだから詐欺もいいところだ。
「 今日ね、例の老人の所に行ってきたの」
当然、ポツリと呟きが微かに聞こえた。
哀愁も、甘さもない平坦な声。
そんな声に眉を潜めれば、慌てるなとでも言いたげに紅茶を優雅に一口飲む。
そしてカップを置くとまた口を開いた。
「 彼、自分の生きた証を残せるならって血をくれたのよ」
「 へぇ」
「 立派よねぇ。全ての人間があんな風に素晴らしければいいのに」
「 そりゃ悪かったな、素晴らしくなくてよ」
「あら?貴方には言ってないわ」
絶対俺の事を見て言った癖に。
そう思ってしまうのはどこか自意識過剰のような気がするから、言わない。
キュッと蓋をするように口を噤めば、何を思ったのか少女は眉を下げ目を伏せた。
おい、今何か勘違いしただろ。
何だその可哀想な子を見たような表情は。
そう思っても言わないからか微妙にすれ違い、重い沈黙が辺りを包む。
一分、二分と時間が過ぎ去って行く中、どちらも口を開かず、それがまた気まずい。
どうしよう、何を話そうか。
畜生、片想いの女子に会った男子じゃあるまいし、何か話せよ。
つか、あいつも何黙ってんだ。
あれ?これって俺が悪いのか?
でも言うのは俺のプライドが許さねぇって言うか何て言うか。
そもそも俺もあいつも、似たような境遇にいたじゃねぇか。
何今更感傷に浸ってんだよ。
それに人間なら人間らしく自分の事だけ考えろよ。
俺に同情してんじゃねぇ、死神。
気まずいな、すげぇ気まずい。
早くここを……。
「 ねぇ」
「 なぁっ!?……何だよ?」
グルグルと考えていたところに、急に声を掛けられたからか変な声が出た。
羞恥心で赤くなりそうな顔を背けると、クスクスと笑い声が聞こえ、更に恥ずかしくなる。
それでもこの場を離れないのは、単なる意地なのか。
「 全部、聞こえてたわよ」
「……あ?」
何が、と聞かなくても分かる。否、分かってしまった。
は、恥ずかしい……。
どんどん顔に熱が集中して、僅かな風でさえも冷たいと思える程だ。
きっと今自分の顔は真っ赤だろう。
全部あいつが悪い。
そう思うと羞恥心とは別の感情がグツグツと溢れ出る。
キッと普段から釣り上がった目を更に釣り上げて睨むと、机を勢い良く叩いた。
「 なっ、なんで途中で言わないんだ!」
「 いいじゃない別に。片想いの女子にとか、俺のプライドがとか」
「 言うな!」
「 ふふふ、私は片想いの女子役なのね」
「 だから言うなつってんだろ!畜生っ!」
立ち上がりその場から逃げ出す。
立つのが勢い良すぎたせいか椅子が倒れたが、今はそれを気にしていられる程の余裕はない。
背を向けて足速に立ち去る自分をあいつは笑って見ているのだろうか。
そう考えると、もっと怒れてくる。
「 バーカ!!」
阿呆らしい程幼稚な捨てゼリフを吐いて向かう先は、廊下の先の自室。
玄関から入ったところからは食器棚で見えにくいかもしれないが、部屋の横、つまり食器棚の真横には自分達の自室に繋がる廊下が存在するのだ。
その廊下を足速に進み、見て右手に存在するドアを開けて中へ入った。
「 ……あ、阿呆過ぎるだろ、俺」
ズルズルとその場で閉めたドアに凭れながら腰を下ろすと、頭を抱える。
何がバーカだ、完全に子供じゃないか。
と言うか、何で思考を口走ったんだ。
「 い、今のは口走ってない…よな?」
ソワソワソワソワ。
いつから独り言が多くなったのかとか、何であんな事考えたんだなんて考えてはまた口を触って、口が動いていないか確認する。
動いていないのを確認すると、ホッと吐息を吐いた。
考え事をする度にこんな風では困る。
さて、どうしようか。
一旦顔の赤みが落ち着くのを待ってから、ぐるりと自室を見渡して、ふとソレは目についた。
棚に置かれた、黒いソレ。
確かこの森に入って来た人間が持っていたのを貰ったのだったか。
ニヤリと口角を上げると、ソレを棚から取り今着ている襟シャツのボタンに手を伸ばした。
一つ二つとボタンを全て外し脱ぐと、同じく棚にあった裁縫道具でソレを襟の裏側に縫い付ける。
チクチクチク、チクチクチク。
痛い!
指に針が刺さった。
痛い!
また指に針が刺さった。
痛い!
またまた指に針が刺さった。
痛い、痛い、痛い!
「 俺、不器用だな……」
縫い付け終わった頃には、白い襟が微かに赤く染まっていた。
代わりに指先に増えた絆創膏の数々。
だが、それでも縫い付け終わった事に価値があるのだ。
白の襟シャツに、その裏に付けられた黒いソレ。
ソレで独り言を呟いていないか確認すると言う訳だ。
これできっと独り言を呟く癖が改善出来るだろう。
「 クククッ!待ってろよ、アスターシャ。今に癖を直してやる!」
そう、黒い小型盗聴器とイヤホンによって。
そうして後日。洗濯物を洗っていた少女は、昨日怒っていた少年の襟シャツから黒い盗聴器を発見した。
「 ……これ、どうすればいいのかしら?」
襟に付けられたと言う事は、当然その付近の音を聴くと言う事。
つまり自分の声を盗聴器し、それを自分で聴くと言う事になる。
少しどころか相当変態チックなその行動に、少女は昨日怒り過ぎて可笑しくなってしまったのかと思考し、その後少年に涙ぐんで謝ったと言う。
どうでしたでしょうか?
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