得手不得手
高校生たるもの、試験勉強というものはつきまとうもの。
そして、明日から期末試験が始まる。
お陰で早く帰れるわけだけども…
いくら私でも、『試験』ばかりは楽しみには思えないでいた。
中間試験の時の成績は…可もなく不可もなくといったところで。
夜勤明けの母が成績表を見て
「パッとしないわね。まあ、眠い頭にはいい睡眠薬になりそうだけど。」
と、あくび交じりに言ったのを覚えている。
得手、不得手があるのが人間。
しかし、勉強となると…どうもそういうものが見つからない。
どれも平均点。
通知表5段階で言うところの『オール3』ってやつだ。
悪くもないが…特に良いわけでもない。
これほど、自分を無価値に感じる言葉はない。
私の心の落ち込みを映し出すように…外はどしゃ降りの雨。
最後の力を振り絞るように咲く紫陽花の方が魅力的だな。
入学記念にと購入した、水玉の水色の傘を思い切り広げる。
所々に出来ている水溜りに水が跳ね
どこか遠くで蛙の鳴き声がする。
崎森駅構内。
ホームへ向かう途中のエスカレーター。
崎森泉高校の制服を着た生徒数名は、教科書や単語帳を見つめ、ブツブツと言っている。
私にあのくらいの必死さがあれば…
あるいは一つくらい得意教科ができるのかもしれない。
ただ…どの教科にするべきかを考えるのも、嫌だと思ってしまうのは…性格?
少し溜め息が漏れた。
ふと前を見ると、校内一のバカップル、奥砥川と鋳篝が見える。
何やら鋳篝が勉強しているのを奥砥川が邪魔をしているような…教えているような…
まあ、イチャイチャしているんだな。
あいつらは、毎日毎日…
今度は大きな溜め息が漏れた。
電車が入ってくる放送が流れた頃
向かいのホームのカップルが私に気付いた。
「あ!溝内先輩!!さよーなーらー!!」
めっさ、大きく手を振っている鋳篝と、
特に何もしない奥砥川。
私は小さく胸元で手を振るので精一杯だった。
周りの生徒がこちらを見ている。
ああああ!!!
生徒会役員のくせに、平均な女ですよ!
そんなに見ないでーーーーっ!!!
私の羞恥心がいっぱいいっぱいになる手前で電車が入ってきて、
「助かった…」
心から思った。
周囲も電車に視線が行ったのを確認し、止まった電車に乗り込み
入って突き当たりのドア付近に立つ。
ふと窓の外を見ると、もうバカっプルはこちらなど見ていない。
ホッとする反面、そんなもんか…と寂しくも思う。
私って結構、面倒くさい奴だな。
「おーっす」
ふと頭上から声がして見上げる。
「健ちゃん。」
倭 健3年の野球部副部長。
プロデューサーとか、影の指導者とか言われている男で、
私の一つ年上の幼馴染みだ。
「なんだ?元気ないじゃん?」
おお!流石、付き合いが長いだけある。
「分かる?」
少しはにかんでしまった。
「腹でも減ってるのか?」
心底心配そうに、そういうこと言うのがコイツだ。
「そんなんじゃないよ。」
少しムッとする。
少しの間、沈黙が続き、電車が走り出した。
プロデューサーか…
幼馴染みは作戦を立てるのが上手い
人を乗せるのが上手い
人材育成が上手い
私は何もないのに…羨ましいな。
「ねえ、健ちゃん。」
私は流れる景色を見つめながら訊く
「もしもね?私が野球部だったとして、私ならどこのポジションになれる?」
唐突とも言える私の質問に、幼馴染みは考えることもせず即答する。
「マネージャー?」
「・・・じゃなくて!」
ああ、この人に変な質問した私が悪かったと思えてきた。
もう、いいかな。
この質問。やめにしようかな。
「ああ。キャッチャーかな。」
「へ?!」
ちょっと意外だった。
「え?え?なんで?」
思いのほか食いついた私に戸惑うように、幼馴染みは笑うと
「お前、空気読むの早いし。案外、リーダーシップ取れるから?」
リーダーシップ?
私にはまるで無関係だと思っていた単語だ。。。
「目立ちたがりではないけど、なんていうか…要?」
多分、私は目を丸くして、なんとも言えない顔をしていたのだろう。
幼馴染みは笑い出し
「分かってないよな~自分のことは」
と呟いた。
「私、リーダーシップとか、要とか…無関係な域に居る人間だよ?」
私の言葉に、
「だから~。自分のことは分かってないって言ってんの。」
幼馴染みは腰をかがめ、顔が近づく。
ううっ…
「私って、何?」
幼馴染みはニコッと笑うと
「不得意分野が少ない。それは、全て得意分野になり得るってことだろ?鍛え甲斐あるよな~俺的には。」
不得意分野が少ない。
ああ、そういう発想の転換したことないや。
全て得意分野になり得る。
ああ…前向きってこういう言葉だよね。
「ねえ?志津…俺の言っている意味、理解してる?」
幼馴染みが怪訝そうに覗き込んでくる。
「へ?前向きに考えろってことでしょ?レッツ!ポジティブ~」
私の回答に、幼馴染みが肩を竦めたのを見る。
・・・?
私たちの自宅がある『遠山駅』で二人は電車を下りる。
駅の改札、定期をかざして通り抜け、商店街の角の信号待ちに立ち止まった時
私の水色の傘を少し倒すように弾いて、斜め上から聞こえた。
「お前のことは、俺が鍛えるって意味。わかってねえだろ?」
不貞腐れながらも、顔を赤らめた幼馴染みを見上げる。
「え?勉強、教えてくれるの?!」
しばし沈黙し
幼馴染みは耳元で囁いた。
「勉強でも、勉強以外でも…俺が教えてやる」
信号が青に変わったことに
私はしばらく気付かなかった。
それって…
「健ちゃん!それって、告白されたの?!私!」
私は前を行く黒い傘に走り寄った。
*ATOGAKI*
崎森泉高校の生徒会役員2年庶務。
溝内志津世は、私の中では結構キャラクターが出来ていたりする。
目立つことが好きではないくせに
空気を読みすぎる性格で、周囲には明るいキャラと思われている。
そんな女の子の内面を少し書いてみました。
こういうモヤモヤ。
大人になっても時々ぶち当たるものだったり?
したりしなかったり?
まあ、短いので気楽な感じで読んで頂けたなら。
私は幸いだったりします。(笑)
*空色soda
追記:ああ!間違えてる!!って思った箇所を発見し、9月12日修正しました。(苦笑)