【八話◑◐輝人と闇人】
卯の刻に屋敷を出て四刻ほど。今は未の刻で太陽が真上からほんのちょっとだけ西にずれている。影祈と籐矢と蘭夏の三人は、幽が潜伏しているという“交わりの神殿”までトコトコと歩き続けた。誘導するのは籐矢である。
正午をとうに過ぎて、お腹の虫の不機嫌度が頂点に達したので、三人は乾飯と干し魚と水を取り出して、手近な所で座り込んだ。
「影姉。そもそもの話なんですが、“交わりの神殿”ってなんです? なんで幽さんがそこにいると判断したんで?」
「……蘭夏、本気でそれ言ってんの?」
影祈が信じられないという顔をしたので、蘭夏まで驚いた。
「なんですかその反応」
「いや、颯舞を知ってるなら、この神話も知っているかと思って。 ……まあ、いいわ。知らないなら教えてあげる」
影祈は苦笑したが、語り出した。
「───その昔、二柱の神が降り立った。男神を輝夜[かぐや]、女神を闇日[くらび]というの。輝夜は物理的科学の力に長けていて、闇日は神秘的魔法の力に長けていたの。ある時、二人が『誰もいないのは寂しい』と言って動物を作った。幻獣は力の加減に失敗した名残だと言われているわ。次に神はヒトを作った。輝夜の造ったヒトは科学のための思考が与えられ、闇日の造ったヒトは魔法のための思考が与えられた。これが所謂、輝人と闇人の最初」
「輝人と闇人ですか? なんでその話?」
「関係があるのよ。籐矢がその証拠」
「俺?」
いきなり指摘されて、籐矢が目を丸くした。
「あなた、輝人でしょ。幽様に向けて撃った銃、あれは科学の力のものでしょ?」
「そんなのでよく分かったな」
ますます籐矢が目を丸くする。それに対し、水を口に含んで涼しい顔で影祈が答えた。
「読書家ですから」
籐矢は感心した。影祈の知識の豊富さと物事に対する構え方に。肝心の蘭夏は未だに疑問符を頭に浮かべたままだが。
「だから、なんで輝人と“交わりの神殿”が関係するんです?」
「せっかちね」
まだ一口も口を付けていない手の中の乾飯と干し魚をいじりながら、影祈はどう話そうかと思案する。
「───ある時、ひょんなことから輝夜が滅びちゃったの。めんどくさいから、そこは省くわ。で、仲良く共存していたヒトは戦争を始めたしまったの。仕掛けたのは、闇日が輝夜を滅ぼしたと勘違いした輝人。闇人は応戦したんだけど、闇日はそれを見ていられず、世の中を二つに分けた。二度と戦争が起きないように闇日はたった一つだけ橋をかけて宮を造った。それが“交わりの神殿”」
影祈が語り終えると籐矢が、乾飯の残りを口に放り込んでから付け足した。
「俺、そこから来たんだ」
「ええ? 本当ですか!?」
「そう言ったでしょ。籐矢は輝人だって。銃を持ってるから火学[かがく]の一族では?」
新たな単語に蘭夏はますます疑問符を飛ばす。
「かがく?」
「私たちの淋家を風魔の一族、隣国にあるという関家を水魔の一族と呼ぶでしょう。それぞれ風や水の精霊の扱いに長けているからそう呼ぶんだけど、これらは典型的な闇人。古代からの一族として崇められているから、今の貴族としての地位があるの。それと同じで、籐矢の世界にも典型的な輝人っていうのがいるはずよ」
籐矢は関心を通り越して、あきれた表情になった。影祈は一体、どれだけの知識を吸収しているのだろう。
「アタリ。僕らは火学の一族と地学の一族があって、それぞれ火をもとにした科学、地に関する科学が発達してる」
蘭夏は知らないことばかりでお腹いっぱいになったが、内容的には面白そうなことだったので問題なしだ。だから、もう一つの疑問を問いかける。
「そういうことですか☆ じゃ、なんで幽さんはそこにいると思うんで?」
影祈が溜め息をつく。一口、乾飯をかじった。
「……むぐ…むぐ。……ん。それがねー、幽様の恋してる人が輝人なんですって」
ほほー、と蘭夏が納得したように頷く。
「なら、“交わりの神殿”に行くのも頷けます☆ ではでは、その“交わりの神殿”まで後どれくらいで?」
籐矢が干し魚を口へ放り込もうとしたのを止めて答えた。
「ん? 夕方には着けるよ」
「……は!? そんな伝説級の物がこんなすぐ近くにあるもんなんですか!?」
蘭夏の思わずといった声に籐矢は笑った。
「場所自体はすぐ近くなんだ。それに存在も故意に隠されていないし。“交わりの神殿”と言っても、普通の神殿とか社とかとそう変わらないしね」
「そもそも、“交わりの神殿”っていうから分かりにくいのよ。蘭夏には“陽望神殿[ようぼうしんでん]”の方が分かりやすいわね」
おお? と蘭夏が声を上げた。
陽望とはとある女神の名前だと阿月から聞いたことがある。ただ、古文書などで調べても全く乗っていない名前なので、昔から雨の多いこの土地の信仰からくる想像神かと考えていた。
「なんでわざわざ違う名前で呼ぶんで?」
「そんなの知らないわよ。籐矢のとこでは“交わりの神殿”は別の名前で呼ばれてたりした?」
「え? ……いいや、そのまんま“交わりの神殿”として古代文化遺産登録されてたな」
「古代文化遺産?」
影祈が瞳を輝かせて尋ねてきたので、昔からある遺跡とかを皆で守ろうとする活動のことだよ、ということを籐矢は二人に説明した。影祈の知識欲の凄まじさを知った場面である。
「俺さ、初めて影祈ちゃんと会ったとき、元の世界である女の人にとある依頼を“交わりの神殿”で受けたんだ」
籐矢の思いがけない告白に、影祈と蘭夏は顔を見合わせる。
「服がさ、影祈ちゃんとか蘭夏ちゃんみたいな服でね。最初はコスプレかと思ったんだよなぁ……」
「コスプレ?」
知らない単語に影祈が再び反応する。籐矢は苦笑しながらも説明しようとした、が。
───コスプレはコスプレイヤーの略で、コスプレイヤーはええと……? なんて言うんだっけ? あれ?
考えてみれば説明するのが難しい単語だったので、諦めて素知らぬ顔で話を進めることにした。
「その人に、神殿の秘密の扉の先にいる人を懲らしめるように言われてさ。この火学の一族の象徴である銃……、本当は子供用の玩具に改造されてたんだけど、それをさらに改造されてさ。いざ、その相手を懲らしめようとしたときに、この二重改造された銃の威力に凄くびっくりしたんだよなぁ……」
籐矢は懐から一丁の拳銃を取り出すと目を細めて眺める。
火学の一族は殺傷能力の高い武器としてこの銃を狩猟用にしか使わない。子供にはペイント入りゴム弾を込めて、どれだけ命中度が高いかを争う遊びとして与えられる玩具だ。初めて人に向けて打ったとき、外したものの、着弾した地面がかなり抉れてしまった時は、顔面蒼白になった記憶がある。そのせいで、相手に不意を打たれたのだが……。
「今、考えれば依頼してきた人が影祈ちゃんのお姉さんなんじゃないかな? うろ覚えだけど、なんとなく影祈ちゃんに似ていたしね。そう考えれば、懲らしめようとした相手が幽って奴だったのも頷ける」
うんうん、と一人で納得している籐矢に蘭夏が指摘をする。
「籐矢さん、今の話、おかしくありません? なんで影姉のお姉さんがそちらの世界へ行けるんです、っていうか籐矢さんもですけど。そもそもの問題として、影姉のお姉さんはなんでそんなとこにいるのです」
「……さあ? どうしてなんだろうね」
籐矢は困った表情をした。
籐矢自身も分からないのだ。どうして自分はこの世界に来られたのだろう。籐矢の世界の記録によれば、“交わりの神殿”には秘密の扉など無かったのだ。
謎は多いがそれを解きに行くのだから問題なしと考えたい。
三人はここで会話を一旦切って、食べることに専念した。
籐矢「ランキング、感想お待ちしてます!! ……あ? 挨拶が簡単すぎる? 自分で言いなよ作者」