【七話◑◐待つ人と来た人】
黒い空に代わって白い空が侵食してきた頃、屋敷の中は騒々しくなった。
「旦那様がお目覚めになったぞー!!」
影祈は寝ていたのだが、ぽっかりと目を覚ますと、その声に導かれるように阿月の部屋へ向かった。その途中で籐矢と出会ったが、昨日の事が思い出されてまともに挨拶が出来なかった。幸い、籐矢はにこりと「おはよう」言っただけで昨日の事については何も言わなかったので、影祈はそのまま彼を連れていった。
「父様!!」
思いっきり扉を開いた。阿月は寝台に横たわったまま、近くの椅子に座っている少女と何か話していた。少女は十三歳ほどの影祈に似た少女は、くりくりとした瞳で影祈を捕らえた。その瞬間、影祈は思わず大きく一歩を下がった。
「きゃー☆ 影姉、お久しぶりでーす☆」
びたーん。
少女は一瞬で影祈に飛びついてきたが、目標地点から僅かに影祈が移動したせいで、思いっきり床とこんにちわした。
「いたいれす……」
「何で貴女がここにいるのよ」
「いやー、影姉が大変そうだと風が噂をしていたので、蘭夏[らんか]、来ちゃいました☆」
ひょっこりとすぐに起き上がった少女を見て、影祈の気配が一瞬でずーんとした。
───来た来た来ましたよ……、幽様以上に騒がしい人が……。
少女の存在について知らない籐矢は、はあー、とため息をついている影祈に尋ねてみた。
「影祈ちゃん、誰この子?」
「……私の従姉妹の淋蘭夏よ。蘭夏、この人は籐矢。しばらくここに滞在しているの。ていうか、隣の国まで旅しに行っていたはずなのに何で戻ってきちゃったのよ」
蘭夏はペコリと籐矢に「はじめまして☆」と頭をさげてから、あっけらかんと言う。
「そんなの簡単ですよ~。蘭夏はこれでも淋家の者ですから、“風の伝聞”を定期的に使ってこっちの事を知っているんです☆」
「“風の伝聞”?」
聞き慣れない単語に籐矢が反応する。蘭夏が答えた。
「淋家は風を操る能力を先天的に持ってるんです☆ “風の伝聞”は風の幻獣……、というよりは風の精霊ですね☆ その風の精霊に命令して情報を得るんです☆ 風から情報を得るので聴覚からの情報でしか無いんですけどね☆」
得意そうに言う蘭夏に溜め息をつきつつ、影祈はぼやく。
「修行に行くって出ていったのに修行はどうするのよ……。隣の国までもう一度行くのは大変でしょう」
「大丈夫ですよ。修行の成果もあって、三日でここまでこれたんですから☆」
嬉しそうに話す蘭夏を見ていて、籐矢はちょっと気になった。
「何の修行をしたんだい?」
「颯舞[さつまい]です☆」
一気に話が嘘臭くなって影祈はげんなりする。籐矢が「かっこいい名前だね」とかいっているが、元は神話に出てくる技だ。とある神が颯爽と華やかながらも驚異的な速さの舞で魅了したまま、獣を舞の型を装いながら打撃を繰り出す話。実現性はあるのだが、今だに修得をしたと言う話は聞いたことがない。蘭夏はその技に憧れ、芸が盛んな隣の国へ舞の修行をしに行っていたのだ。
「難しいかい?」
「舞を応用した攻撃の型は作れました。風で補助すれば痴漢退治にもってこいです☆」
勝手に盛り上がっている二人を放っておいて、影祈は阿月の寝台の傍で膝をついた。
「父様、もう元気?」
「起きたばかりなのに元気だと思うのか?」
「ごめんなさい、気が早すぎたわ。言うべきなのは違う言葉ね。父様、無事でよかった……」
「立場上はお前が当主でも、実質的にはまだ私が当主の役割を担っている。まだまだくたばっておられんよ」
怪我がまだ完全に癒えてはいなくて辛いだろうに、阿月は影祈に微笑んでみせた。
「影祈。今回は私の失敗だ。幽くんの本質を私が見抜けなかったのが原因だ。だから私の自業自得で終わればいいのだが、現実はそうはいかない」
「どういう事?」
影祈は真っ直ぐな瞳で阿月を見た。無垢な瞳は裏切り等今まで知らなかったはずなのに、疑いの色を隠せなくなっている。真っ直ぐながらも揺れている瞳に、阿月は心を痛めた。
「人払いしてくれ」
「分かりました」
影祈は阿月に頼まれると、籐矢と蘭夏に部屋へ戻るように指示した。それから、自分がいいというまで使用人には、部屋に入らないように指示する。
それらをやって部屋に誰もいないことを確認すると、影祈は阿月に視線をやって話を促した。
「幽くんはな、恋をしている。それも許されない……、否、許してはならない恋をな……。影祈、それは誰だと思う」
「そんなの私が知るわけありません」
きっぱりと言い切った影祈に、阿月は小さく笑った。
「それもそうであろうな。それはな影祈。お前の姉だ」
影祈は面食らった。自分の姉?
「そうだ。しかしながら、お前は彼女に会ったことはないはずだ。何故なら……」
その後に続いた阿月の言葉に、影祈は驚愕した。
† ◑◐ †
部屋に戻った影祈は自室で籐矢と蘭夏が、中央のテーブルの上にお茶を置いて、椅子に腰掛けながら談笑している姿を見て唖然とした。
「……なんで私の部屋にいるのよ」
「いいじゃん、いいじゃん。ね、蘭夏ちゃん」
「そうですよ。ね、籐矢さん」
蘭夏がお茶を一口飲んでから、籐矢に同意する。
「まあ、いいんだけど……」
仕方無さそうに溜息をついてから、影祈は二人に向き合った。
影祈の雰囲気が変わったのに気づいて、二人は姿勢を正す。
「父様の話を聞いてね、思ったことがあるの」
「なんだい、影祈ちゃん」
籐矢が微笑む。影祈はその微笑みに背中を押され、言葉を紡ぐ。
「長い間、幽様は恋をしているんですって。それも私によく似た人に。それ故に今、目の前が見えなくなっているらしいの。私は彼を止めてあげたい。……ううん、止めてあげるんじゃない。気づかせてあげたいの。ねぇ手伝ってくれるでしょ、籐矢」
影祈の強い決意の眼差しが籐矢を貫く。昨日のように危うくて不安定な強さではなく、先がしっかりと見えている強さ。それは、影祈自身の意志の力の象徴なのだろう。
だから籐矢は力強く頷いた。
「ああ。影祈ちゃんが望むままに」
二人の視線が交わると、影祈ははにかんだ。
「ちょっと、影姉! 蘭夏も手伝うです!」
蘭夏が自分の存在を主張するように腰を上げる。
「蘭夏が幽さんを隣国の舞で虜にすれば話が早いんですよ☆ 蘭夏は隣国にいた頃、とても人気者でしたんだから」
ドーンと胸を張る蘭夏を見て、籐矢と影祈は顔を見合わせて笑う。しばらくそんな明るいやりとりをした後、影祈は二人に提案した。
「事は早ければ早いほどいいと思うの。幽様の居場所は“風の伝聞”で調べてあるわ。明日にでも出発したいんだけどいいかしら?」
「いいんじゃない? 明日もどうせ何もする事ないだろうし」
「蘭夏も同意見です☆」
籐矢は勿論、きゃっぴーん、と蘭夏も同意したので影祈は決めた。
───幽様の恋を終わらせる。
もうすぐお昼だ。
明日に備えて準備をしなくては。
蘭夏「ランキングしてください☆ 目指せ書籍化です☆ ……え? 作者、書籍化する気ないんですか? ……ええ? もうすぐクライマックス? 早すぎません!?」