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【三話◑◐記憶と記憶】

 ある日、影祈は兄を探しに外に出ていた。この頃の影祈は絶対に兄がどこか近くにいると信じて疑わなかった。外に出るのは、決まって皆が寝た後。真夜中だ。昼間は家の者に見つかる可能性があったから、外に出られなかったのだ。しかも時間は子刻から一刻のみ。その日は「いつもは街の方だから、今日は森の方へ行こう」と思い、森へ行ったのである。

 影祈は一生懸命探した。けれどもどこにもいない。湖が見えた。湖覗くと、夜の月が明るくゆらゆらと揺れている。それを暫く見て、そろそろ帰ろうと思った時。

 バンッ!

 湖を挟んで反対側から音が響いた。

 ───何の音?

 影祈は駆け出した。得体の知れない不安が胸をよぎったのである。

 案の定、それは的中した。誰かが血を流して倒れていたのだ。影祈は慌てて駆け寄ると、服が汚れるのも構わずに、手探りで怪我の位置を探し出した。

 ───左のお腹のところ! 一直線に血が出てるから、切り傷? でも、剣であんな音はできないよね?

 謎に思ったが、頭を振ると影祈は手で器を作り、湖の水を汲んだ。それをその人の腹にかけて血を洗い流す。それを何度か繰り返した後、闇に慣れた目でヨモギの葉を見つけて、洗い、すり潰す。苦い汁が出てくると接吻の要領で舌を使い、傷口にヨモギをすりこんだ。本当はきちんとした道具を使う必要があったが、応急処置だ。仕方がない。

 そこまでやって一息つくと、やっとその人が自分と同じくらいの男の子だと気付いた。そして、その子が目を覚ます。

「……いっ痛…って…あれ? あんたは……?」

 バシーンッ!

 影祈は思いっきり、起き上がりかけた男の子を張り倒した。

「痛い……。コッチ怪我人……」

「まだ完治してないのに動いちゃダメ!」

 影祈は腰に手を当てて怒った。男の子が黙って横になると、満足そうに頷く。

「私は淋影祈よ。あなたの名前を教えて?」

「僕の名前は“  ”だよ」

 男の子はそう答えると、キョロキョロと辺りを見渡し始めた。それからやっぱり起き上がる。影祈は睨むが、暗闇で彼は気付かなかった。男の子は腰の袋を漁り始めた。

 中から取り出したのは「く」の字に折れている、手に収まるサイズの筒と、一寸ばかりの楕円形の先が尖っているものだ。影祈は気になって尋ねた。

「それはなあに? 何のために使うの?」

「これ? これはね拳銃だよ。何に使うかは内緒」

 しぃ~と人差し指を唇に当てて笑う“  ”。影祈は黙り込んだ。

 ───人には言えないような使い方なのね……。えっちぃもの?

 そしてヘンな勘違いをした。そんなほのぼの? とした空気が流れたのもつかの間。影祈はふと、寒気を覚えた。

「っ! 影祈ちゃん! 僕が合図を出したら自分のお家の方へ逃げてね」

「……分かった」

 影祈は大人しく従うことにした。なぜだか分からないが、「逃げろ」という声が頭の中で警報のように響いている。そして、

「行けっ!」

 影祈は走った。ここまで来た道を辿るように。

 ───あんまり早くはないけど、アイツの気が僕に向いてる限りは大丈夫かな。

 “  ”は銃を構えた。相手がどこにいるかを探る。相手の気配を感じた時には既に遅かった。

「───え?」

 影祈は身体が軽い衝撃を受けたのを感じ、地面に崩れ落ちた。身体から力が抜けていく。彼女が最後に見たのは、“  ”がこちらに手を延ばして叫んでいるところだった。




 影祈はぽっかりと目を覚ました。まだ頭がガンガンするし、背中は地味な痛みがじくじくと身体を蝕む。ここは自分の部屋だった。医者の話によると小刀が背中に刺さっていたらしい。影祈はそれを聞いてゾッとした。

 今はそれから十日が経っている。影祈は何度もあの日の事を思い出そうとしたが、ほとんど思い出せない。

 ───ほんの十日前の事なのに。

 影祈が自分の部屋に籠もって思い出そうとしていると、医者が入ってきた。

「また思い出そうとしているのかね? お父上が心配しておられたよ」

「だって、何かが噛み合わないんだもの」

 影祈が心配そうに医者を見上げると、彼は塗り薬の追加分を壺に入れながらこう言った。

「そうですか。……人間、時には思い出したくない物があるものです。思い出さなければならないものなら、いずれ思い出すでしょう」

 壺に蓋をすると影祈に穏やかに笑いかけてから、一礼して部屋を去っていった。入れ替わりに別の人物が入ってくる。

「……幽様?」

「正解ですよ~。この短期間で名前を覚えてもらえて光栄で~す」

 にこにこと胡散臭い笑みを浮かべている彼が、影祈を屋敷まで運んで来てくれたらしい。まじまじと見つめてしまう。彼じゃ無い気がするのだ。影祈を助けたのは。

「幽様、何故あなたは湖にいたのですか?」

「偶然だよ~。それより具合はどうかな~? 良かったら付きっきりで私が看病してあげるよ♡」

「間に合ってるんでご遠慮します」

 幽の性格はこの十日でよく分かっていた。どうやら彼は影祈に一目惚れとやらをしたようなのだ。毎日この調子でデレデレとしてくるので正直、命の恩人どうのこうの以前に鬱陶しくて堪らない。

 ここから数日後、影祈の父が命の恩人である事に重ねて幽が召喚獣術のかなりの使い手と知り、彼を影祈の許婚使命する。

 影祈があの日の事を教えてと迫っても、幽がのらりくらりとかわして何も教えてくれないので、影祈はすっかり忘れてしまっていた。



風狼「作者が感想やランキングを気にしておったナ……。気が向いたらやってヤレ…」

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