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【十四話◑◐自分と想い】

 ふわふわとした無重力感の中で、影祈は身を漂わせていた。辺りは真っ暗で、時々ちらちらと碧い光が目の端に表れた。動きたいけれど、身体の底から襲ってくる気怠さがそれを許さなかった。

 ───籐矢は今、何してるんだろう?

 幽と戦っているのだろうか? それとも、自分を探してくれているのだろうか? それとも……、

 ───全てが面倒になって私を見捨てたかな?

 恐ろしい考えが思考の端に現れて、影祈はぞっとした。

 ───やだ、やだ、見捨てないで!

 重たい腕を必死に動かして、何もない空間に手を伸ばす。足掻くように、もがくように、抗うように。

 何度も空を切って、何度も手を伸ばして。

 なのに何にも触れられなくて。

 どれだけ足掻いた? どれだけもがいた? どれだけ抗った?

 影祈は暗闇の中で長い時間をそうやって過ごした。もしかしたら長いと感じただけかもしれない。それでも影祈の心を殺してしまうのには充分な時間だった。

 ───………。

 最早、足掻くのも、もがくのも、抗うのも、考えることすら諦めた。影祈の瞳の焦点が、どこか遠いところを見つめる。影祈は永遠とも言える場所でただ、闇の一部として漂い始めた。

 何も感じない、気怠さが心地良い、自分が消えていく。

「…と……う…や………」

 名前を呼び続けてみる。

 いつからだろうか。

 いつからこの名前が影祈の“特別”になったのだろう? いつからこの名前を呼ぶ度に胸がときめくようになったのだろう?

 だんだん言葉が掠れていく。じわじわと頭の中が、闇に浸食されていく。 ───籐矢という光が見えなくなる。

「影祈ちゃん! 影祈ちゃん!」

 幻聴が聞こえるようになった。影祈は瞳を閉じる。もう呼ばれるはずのない自分の名前が、あの声で呼ばれている。逢えるはず無いのに聞こえるなんて辛いだけだ。苦しいだけだ。

 涙が一筋頬に落ちる。

「影祈っ!」

 ぎゅっ。

 あの声が近づいて来て影祈を包み込む。温かい。

 でも、有り得ない。だってここは幽の紡いだ術の中。影祈が出られる余地がないのに、他人が入り込む余地があるわけ無いのだ。

 なのにこの温もりは何?

 ───辛いだけなのに。なのにどうしてこんな温もりを感じてしまうのよ……。

 瞳を開くのが怖い。空けた瞬間、ただの闇が広がっているのを見るのが怖い。あの人がいないのを知るのが怖い。

「やだ……」

 ぼろぼろと涙が溢れてくる。水晶のようにきらきら光る水滴は、頬を伝って首筋に落ちていく。

 ぎゅっと、今一度強く抱きしめられた。力強い胸に顔を押し付けられる。「影祈ちゃん、俺はここにいるよ。約束通り、キミの味方になりにきた」

 籐矢は影祈の耳元で囁いた。


  † ◑◐ †


 籐矢は焦りを感じた。かなり影祈の精神が参っていた。このままだと廃人になるのも時間の問題だろう。

 幽から無理矢理に術の解き方を聞き出した籐矢は、それを実行した。曰く「かなり精神の奥まで根付かせる術だから、普通に術を解いても意味がない。精神世界に隠れている影祈を術の外に引っ張り出す必要がある」らしい。

 籐矢は自らその役をかって出た。蘭夏もやりたいとひたすら主張していたが、籐矢の真摯な瞳に懇願されて大人しく引き下がった。

 そしてやっと精神世界に飛ばしてもらい影祈を見つけたのに、影祈は危うい状態で、心底幽を張り倒したくなった。

「影祈ちゃん、目を開けて?」

 何にも反応がない。心を完全に閉ざしてしまっていた。ただ、次々と溢れて零れていく涙だけが、影祈の心だと感じ取れた。

 籐矢は決心した。こうなったら強硬手段だ。

 籐矢は涙で濡れている睫毛に、唇で触れた。ぎゅっと、影祈が逃げられないように抱きすくめる。そのまま溢れ出てくる涙を舐めとった。影祈の瞼が震え、幽が消える前の夜を思い出した。

 つぅー…、と唇を滑らせる。瞼から頬、頬から唇へ。

 唇に届く前に一度、唇を離す。それから啄むようにして口づけた。

 あの日のように「好き」という言葉を、伝える。

「…んぅ……ん………!」

「ん……ぅ………」

 影祈がもがくけれど、籐矢は辞めない。自分の存在を主張するように、ひたすら伝え続ける。ただそれだけの行為。

 籐矢に浸食されていく影祈の表情が、段々と柔らかくなっていく。とろけるような表情になっていき、やがては涙が止まった。

「…っん……」

「………っは…」

 籐矢の方が耐えきれなくなって唇を離した。涙も止まっているから大丈夫だろう。しかし。

「……んっ」

 今度は影祈から舌を絡めてきた。

 まさかのことに、一瞬、思考が停止する。

「んっ……んぁ………」

「………ん」

 影祈の「好き」という言葉、気持ちを全て受け止める。心地良い理性の痺れが、全ての歯車を狂わせてしまいそうだった。籐矢は狂いそうな歯車を必死に抑える。そうでないと、影祈を欲するあまり、彼女をぐちゃぐちゃにしてしまいそうだった。

 影祈の瞳が開かれる。僅かに熱を持って潤んだ瞳が、籐矢を見つめる。

「んぅ……」

 思わず強く掻き抱いて、彼女の柔らかな身体を自分に押しつける。口付けも、逆に絡め返してやる。

 夢中になるあまりに、彼らは気がつかない。もはや、それはお互いがお互いを貪るだけの行為となってしまったことに。

 しかし、それも束の間の愛の時間。

 影祈からふいに力が抜ける。籐矢にしなだれかかるようにもたれかかった身体から、ほろほろと光の粒が零れ出す。

「……?」

 光の粒が零れていくところの色が段々と薄くなっていく。ここは精神世界。その意味は、影祈の精神が消えかかっていく証拠だ。

 籐矢は眉を細めて、影祈の耳元に唇を近づけ囁いた。

「影祈ちゃん、気をしっかり持って。俺、ここにいるから」

 光の粒の量が減る。これでしばらく保つだろう。

 籐矢は影祈を抱えて上を見た。籐矢は幽に教えてもらった呪文を呟く。

 ───これで大丈夫。

 かなり深い精神部分まで来たけれど、出逢えた。解呪の呪文も唱えた。籐矢には出来ることはやった。影祈の精神が光となって消えるのが先か、解呪が先か。

「大丈夫さ」

 そして籐矢は、結果を見届けた。

影祈「私、不安……」

籐矢「大丈夫さ、俺が助けにきたから。え、なに、作者。今取り込み中だから邪魔しないで」

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