18‐1暗闇の森林
…どうなったのだろう?
頭はガンガンと痛み、世界がグルグルと回っている。最悪な気分だ。
水を通したかのようにぼやけてだが声が聞こえる…。
「ったく、まだ目覚めねぇのかよ…。これで死んじまったら何のために危ない橋渡ったんだかよ…。」
…落ち着け。状況を把握しろ…。
ルナの身代わりに誘拐されて此処に来た。
悪魔に出会った。
印を刻まれて呪いを掛けられた。
よし、今ここだ。
問題は今思考し、行動しようとしているのは俺の意思か?
変な話だが、今の俺はそこまで整理がおよんでいなかった。
気付かれない様にそっと腕を動かす。
…!!動く…!
ならばこの身体はまだ俺の意識の下にあるという事だ。
「…おい、いい加減起きやがれ。」
どうしよう…。いつまでも寝たフリでは不審がられるかもしれない。あいつは多分まだ俺が呪いの支配下にあると考えている筈だ。
コレは確かにチャンスであるが、この場合どんな動きをすれば良いのか分からない。
ばれる=バッドエンドが直通だ。
「だぁっ!!目ぇ覚めてんなら返事ぐらいしやがれ!!」
…返事をするべきなのだろうか?
「はい。」
出来る限り感情を込めず、静かにただ平坦に返事をした。
犯人Aの口角が上がる。
「やっぱ起きてたんじゃねぇかよ。よし、ちょっとこっち来てみろ。」
…多分怪しまれて無いよな。
今度は呼ばれた。そちらに向かおうとする。
「返事はどうした?ったく、まだ不完全なのか?」
なるほど…、いちいち返事をするべきようだ。
「はい。」
よし、身体も動く。返事をして、そちらに向かう。
足音を立てず、姿勢を正し、静かにゆっくりと。こういうのはマナーの一環として教えられたのでお手の物だ。
「よし、いい子だ。動作にゃ問題ねぇみてぇだな。」
怪しまれてない。…多分。
「おい、トレイつったか?お前も命令してみたらどうだ?どうせ貴族様に命令されっぱなしだったんだろ?面白ぇぜ?」
トレイ先生の方へと向き直る。と同時に小屋内の状況を把握する。
中央のテーブルに乗せられたカンテラが唯一の光源だ。だいぶ暗くなったようだ。
「…いえ、私は遠慮しておきます。」
「けっ、つれねぇな。」
出入り口は犯人Aを挟んで俺の右手側。
テーブルを挟んで俺と向かい合うトレイ先生は割と出口から遠い場所にいる。
いけるかもしれない。少なくとも犯人Aは呪いの代償かだいぶ消耗し、さらに油断している。
そんな時ある視線に気づいた。トレイ先生が俺をジッと見つめている。
不審の目ではない。
あえて言うなら後悔や自責の念の篭った俺というより自身に向けたモノに思われた。
「…お嬢様。恨むなら…、どうか私を。」
ボソッと紡がれた言葉。しかしはっきりと耳に残った。
「あ?何か言ったか?」
「いえ…、何も…。」
「まあ、いいさ。俺はちょっと横になる。そのガキは…、まあ、見張る必要もねぇか…。」
そういい残して犯人Aは小屋の奥へと歩いていった。
そして間もなく大きないびきが聞こえ始めた。
さて、問題はトレイ先生だ。この人は敵なのか…、それとも…。
今はまだ身動き一つ取らず俺は人形の振りをしている。
話し掛けるか否か…。
俺は…、まだトレイ先生を信じていたかった。
意を決して話し掛ける。
「…トレイ先生?」
もし、自分の当てが外れていたなら…。その時はその時だろう。
「…!」
椅子に腰掛け、俯いていた彼がハッと顔を上げる。
その顔は薄暗い中良く見えないが
俺は人差し指を口に当てる。
「どう…して…ですか?」
「それは…私にもわかりません…。」
偶然というにも出来過ぎている。
「…お嬢様。お嬢様は私を恨んでいますか…?」
突然の質問に戸惑う。
「今更許して貰おうなどむしの良い話でしょうね…。もし、私の事が憎くて堪らないならそこの棚にある物で私を殺してください。」
そこにあるのは拳銃だった。
トレイ先生が立ち上がり、それを持って来る。
そしてそれが手渡される。
黒く鈍く光るそれは見た目に違わぬ重さがある。
「あぁ…、使い方がわかりませんか。簡単ですよ。」
分かっている。ただ引き金を引くだけ。
しかし見た目や使い方こそ同じであれ、エアガンやそれとは訳が違う。
明確に命を脅かす事を目的として作られた物。
「さあ、どうぞ。」
両手を広げ、全てを受け入れるつもりのトレイ先生。
手の中の拳銃とトレイ先生を交互に見つめた。
俺は愚かしい事に少しだけ躊躇ってしまった。
答えなんて決まっていた筈なのに。