番外編 公爵家長女誘拐
アレス達が出掛けてしばらくしての事だ。
私は書斎で書類の整理をしていた。
しかし何やら騒がしい。
そう思っていると
コンコンッ!
焦りの色を含むようなノックだった。
「入れ。」
「失礼します!ご報告申し上げます!アティーニャお嬢様が…!」
その後事の経緯を伝え聞いた。
帰って来たのはルナシアとアレストのみ。
アティーニャは一人残り、逃がす為の囮となったと聞いた。
突然の事態に動揺を隠せなかった。しかし今は一刻も早くアティーニャの安全を確保する必要がある。
「すぐに現場に使いを向かわせろ!ウィルディアの関所を全て封鎖しろ!一日は何者もこの領土より外に出すな!!不審な者は私の名前を使い、全て調べろ!」
厳戒体制を敷き、万事に備える。
「無事でいてくれ…、アティ…。」
祈る気持ちで呟く。
まずは状況の把握だ。ルナシアとアレストから話を聞く為に書斎を後にした。
ルナシアが手当てを受けていた。
側でアレストが慰めている。
ルナシアの顔は涙でグシャグシャになっていた。
「お姉様…っ、お姉様…っ。」
頻りにアティーニャを呼ぶ様がひどく痛々しかった。
「ルナ…、アレス…。」
「…お父様。」
「アレス…、一体何があったんだ?」
ルナシアはとても話せる状態には思えなかった。
事の経緯をアレストから聞いた。
ゴスパが負傷した(殺された可能性もある)事。
ルナシアも同様に足に怪我を負った事。
それらの要因となった正体不明の武器、加えてこれは魔力に依存した物では無いらしい。
そしてアティーニャが事実囮となった事。
起こった事が全てアレストの口から語られた。
「…そうか。すまなかったな、辛い事を思い出させて…。」
心の中では怒りの炎が燃え上がっていた。
それはもちろん犯人達への怒り。
そして…
「だが、アレスよ。お前は何故無事にここにいるのだ?どうしてお前はアティを守れなかった?」
沸々と静かに、確かに沸き起こる怒り。
「答えろ…。答えろっ!!」
襟首を持ち上げ、アレストの体は宙吊りになる。
「くぁ…、かはっ…!」
苦しそうにもがくが知った事じゃない。
「アティーニャを犠牲にしたからだろう!?身を呈して守るどころか守られた!?笑わせるな!!家族一人を守れん奴が!大勢の民を…家族を守れると言うのか!?答えろっ!!」
勢いに任せてアレストの体を投げ飛ばした。
そのまま宙を舞い、壁に叩きつけられる。
壁に叩きつけられる音にルナシアが縮こまる。
「もう…、もうやめて下さいっ!!」
悲痛な叫び。怒りに身を任せてしまった事を悔いる。
「…自らの愚かな行いを見つめ直せ。」
それはアレストに言ったとも自身に言ったとも知れぬ言葉。
「…少し頭を冷やしてくる。」
外は雨が降り出しそうな天気だった。
それからすぐの事だった。
ゴスパの死の報とアティーニャの行方が匂いも全て断たれているという知らせが伝えられたのは。
手が足りない。そう判断した私はこう言った事の専門家に委託することとした。
通信玉に手を当て、通信を開始する。
「はいっ!こちらギルド 『イノセ…」
「クロノスだ。早急な依頼を願いたい。」
時間が無い。割り込む様にして話を始める。
「おや、これはクロノス様。この度はどういったご依頼で?」
手短に用件を話す。一分一秒が惜しかった。
外はシトシトと冷たい雨が降り始めていた。