17‐5裏切りの腹心
「さーて、始めるか。」
その言葉と共に腰掛けていた犯人Aが立ち上がりこちらに近づいてくる。
勿論俺は必死になって逃げようとする。
しかしこのぼろ小屋のスペースなど限られており、加えて見えないが魔力の縄によって縛られて芋虫状態。捕まるのは明白だ。
「いやっ!来ないでっ!」
抵抗したって無駄なのは分かっている。しかし少しでも逃れたかった。
ルナに見えたあんな運命はまっぴらだ。
ここがどこかは分からない。だけどピンチになったら助けてくれるヒーローが来るような事も期待した。
そんなのはいないし、ましてや来るはずも無い。希望はそのまま絶望に変わった。
「つかまえた…!」
「いやっ!離して!離してよ!」
腕が捕まれる。藻掻き、足掻くがやっぱり無駄だった。
床に押さえ込まれる。
『磔楔』
またも初めて聞く魔法だった。
何が起こったのか良く分からない。
犯人の押さえ込みが解ける。
不思議に思い動こうとする。しかし縫い付けられたかの如くぴくりとも身体が動かない。
「動…けない…!」
まさかこれが隷属の呪い?いや、そんな筈が無い。印を刻まれてはいないし、まだ喋れる。。
「動かないだろ?安心しな、本番はこっからだ。」
かろうじて首より上は動くようで必死に周囲を見渡す。
トレイ先生と目が合った。必死に救いを求める視線を送るが目を背けるだけだった。
「じゃ、始めるぜ?」
その言葉とともに犯人の懐よりナイフが取り出される。
『高熱』
ナイフに熱が通され、刃が赤く熱せられるのを見た。
「いや…、何をするの…?やめて…やめてっ!!」
焼けた刃が左の二の腕に当てられる。
その瞬間自分でも信じられない様な獣の叫び声を上げた。
「良い声で鳴くじゃねぇの?ほらほらもっと聞かせてくれよ!?」
生きた肉の焼ける嫌な臭いが鼻を刺し、激しい痛みが断続的に走る。
痛い、熱い、苦しい。
逃れる術も無く、ただただ冷酷に隷属の印が刻まれる。
怒りと悔しさ、憎悪が混じった視線を犯人Aへと向けるがお構い無しだ。
次第に痛みから逃れようと意識が薄れ、暗闇へと落ちていった。
脳裏に焼き付いた人の死、味わった事の無い痛み、そんな全てが夢であったら。
そんな淡い期待を込め、目を開ける。
周囲に見える景色は作りの粗い小屋。そんな都合の良いことは無かった。
「よぉ、目が覚めたかい?」
目の前に嫌なにやけ面が見える。以前のアラン王子が覗き込んでいた方が余程マシに思えてくる。
相も変わらずピクリとも身動きは取れない。
左腕から熱を持った痛みがジンジンと伝わってくる。
「ま、こんなぼろ小屋だが、最後に見る風景はどんなもんだい?」
「最悪ですね。」
「ハッ、そうかい。ったく、全く可愛くねぇガキだぜ。人形にしたら可愛がってやろうか?」
下卑た目線が這う。
「最低ですね。」
「ま、そんな強がりを言ってられるのも今のうちさ。んじゃ、最終工程と行こうか?」
良く見えないが先程の内に刻まれたと思われる印らしき物に手が当てられる。
痛みが走り、顔を歪める。
印に触れたままに何やら呪文と思われる何かをぶつぶつと呟いている。
隙だらけではあるが体は依然として動かず、どうする事も出来ない。
ただただ恨めしかった。
10分程経っただろうか。
『魂縛鎖!!!』
長い長い魔法の詠唱が遂に終わった。
その声と共に腕から体の中心へと向かって嫌な物が流れてくるのが分かった。
「うぅっ…ぐぅっ…!」
流れ込んで来てるのはコイツの魔力のようだ。
そして俺の意識を飲み込むように魔力が流れ込み、俺という存在が塗り潰されるような錯覚を覚える。
ここで流されるのはまずい。
そんな予感はするが、僅かな抵抗を嘲笑うかの如く俺の意識は再び闇へと落ちていった。