17‐2裏切りの腹心
決意は固めた。
俺を先頭に後ろでアレス兄がルナを抱えている。
正直うまくいくかは判らない。というか厳しいのは明白だ。
単純に俺が囮、その隙にルナ達が逃げる。
秘策はルナ達が逃げた後に始める、とは言ったが、そんな物があればどんなに良かったか。それに最初から無いのはきっと皆理解している。
この場から屋敷まで全力で走っても最低5分、ルナを抱えてだから良くて10分か。
戻って来て16、7分。応援を当てにするのは厳しいかな…。
「私が先に出て引き付けます。兄様はその十秒後に。」
「…分かった。」
敵は見えない何かで遠くから攻撃してくる。
分かっているのはそれだけ。
さあ…、一世一代の大勝負だ。
「…GO!!」
通りに飛び出る。
立ち止まらない。狙われているなら動かないのは危ないと判断した。
案の定狙われていたようで、破裂音と共に地面が削れた。
「やっと出て来たなぁ?子猫ちゃん共がよぉっ!!」
狙いは恐らく足。機動力を削ぐつもりだろう。あくまで誘拐が目的だから生け捕り。急所は狙われないだろう。
通りには伏したゴスパさん、そして立っているのは犯人と思しき声の主。見た所一人だ。
犯人の方に向き直る。
見た目的には普通の人間年齢は30ほどの男だ。
問題はその手に握られた物。まだ魔法の杖の方がこの世界じゃ現実味がある。
黒光りするそれは…、
それは拳銃だった。
クロスボウや簡易的な物ならまだしもここまで機能に優れた物が作られているなんて聞いていない。
一瞬戸惑ったが拳銃なら尚更止まる訳にはいかないだろう。この点はアレス兄じゃなく俺が囮を引き受けて正解だったのだろう。
もうすぐアレス兄達が出てくる。
「おぉっと、ぞろぞろと出て来やがったな?」
振り向く訳にはいかないが言動から察するにスタートしたんだろう。
犯人の意識がルナ達に持っていかれる。この隙に瞬間的に距離を詰める。
銃は多分接近した方が狙いづらいだろう。本当かも分からない前世の漫画か何かの記憶を頼りにしてみる。
「ちっ…!」
急激な接近に犯人が怯み、狙いが逸れた。
多分ルナ達は無事だろう。
「おいおい?嬢ちゃんは逃げねーのかい?」
とにかくいつまで堪えられるかは分からないが、発射口と直線上に立たないように気をつける。
発射されてから避けるなんて芸当は流石に出来ないだろうから。
「何だよ、無視か?連れねーなぁ?おじさんとお話ししよーぜ?」
語り掛けられてもガン無視。普通にそんな余裕は無い。
視界の端にある人物が止まった。
「トレイ先生!!」
救いに思われた。
しかしその表情を見てすぐに気づいた。
いつもの笑顔じゃない。能面の様な張り付いた、無表情な笑顔。
ある種恐怖も覚える冷たい微笑。
そしてそれを裏付けるように手に握られた拳銃。
「どう…して…?」
あまりにも非現実的な現実に唖然とする。
そして、立ち止まってしまった。
「しまっ……!」
バァンッ!!
撃ったのはトレイ先生だった。
衝撃に身体が持って行かれる。
右肩に焼けた様な痛みが走る。
「あっ…、ぐぅっ…!」
苦痛の声が漏れだし、転げ回る。
肩の周りの服が血に染まる。
「ひゃ〜、教え子に手ぇ掛けるなんておたくもやるねぇ〜。」
トレイ先生を茶化す様に語りかける。
「…さっさと片付けましょう。」
トレイ先生の全く感情の篭っていない様な声。
「お嬢…様…。」
ゴスパさんの掠れた声。苦しそうな呻きが混じっている。
「ゴスパさん…!」
「まだ生きてんのかよ?しぶといねぇ〜。嬢ちゃんも今後に及んで他人の心配かい?目の前の現実見ろよ?」
「お前…!クロノス様を…、裏切って…、恥ずかしく無いのか…!恩を忘れたのか…!?」
ゴスパさんからトレイ先生を刺すようにに向けられた視線と言葉。
その言葉にピクッと少し反応を示したトレイ先生。
「はいはい、お疲れ様。ゆっくり休めや。」
バァンッ!!
目の前でゴスパさんの頭が撃ち抜かれた。
頬に返り血がつく。
理解しようにもしたくない現実が目の前で起こった。
「イヤァーーーーッ!!?」
目の前で人が死んだ。
一日半何も口にしていなかったので戻しはしなかった。
今日初めて人の死を目の当たりにした。
今日は悪い事が重なり過ぎている。
これはきっと何かの間違いだ。
思えばルナが誘拐されるなんて事自体おかしい。
そうきっと悪い夢だ。
頭の中では瞬時にそんな考えが巡った。
しかし鼻を突く血の臭いと右肩の痛みが現実に引き戻す。
今なお目の前には悪い夢にしか思えない現実が広がっていた。