9‐4入学式と一つの決心
入学式はほとんど終わっていた。
ホントに大半を寝過ごしてしまった。まあ、今更なのでどうしようも無いが。
アレス兄がいなくなる。
この事はだいぶ辛い。真面目で固い人だが良い兄だった。こんな言い方だと永遠の別れの様だが夏と冬には帰ってくるらしいし、夏の帰省は3ヶ月後、そんな遠くない。
不安があるとすればメル兄の抑え役が一人減るのが何とも手痛い。
そして校門の前にてアレス兄との別れの時。
周囲でも同じく別れや激励の言葉が飛び交う。
「頑張れよ。」
父の単純にして力の篭った激励の言葉。
「はい!公爵家の名に恥じぬ振る舞いをしたいと思います!」
アレス兄の力強い返事。
「あまり気張り過ぎるなよ?」
アレス兄はホントに真面目だがそこがたまに心配になる。
「うぅ…、兄様…。帰ってきて下さいね?」
泣き出すルナ。うん、泣いてても華がある。
「大丈夫だよ。夏には帰ってくる。ほら、アティも泣くな。」
言われて初めて自分が泣いていた事に気付く。
はぁ、最近涙腺が緩いな…。
「お元気で。」
素っ気ない感じだがこれ以上言うと声を出して泣いてしまいそうだった。
「アティもな。あとメル、これからはお前がアティとルナを守るんだぞ?」
「りょ〜かい。」
…ホントに大丈夫なのだろうか?
これを期に兄としての自覚を持って貰いたいものだ。
「ではお父様、行ってまいります。」
兄からの別れの言葉。
「あぁ、行ってこい。」
父にとってそれ以上の言葉は必要無かった。
今更の言葉は無粋と言うものだ。
兄の姿はすぐに人混みの中へと消えていった。
涙を拭う。周囲の人たちもちらほら帰り始めていた。
「私達も帰ろうか。」
「…はい。」
いつでも近くにいてくれた人が今日一人離れていった。俺という人間は二十数年生きていてもここまで脆く、特殊な境遇の中でまだ人間味を持ち合わせている事の実感を得た。
「ほら、アティ、ルナ、泣かないで?」
メル兄からの宥める言葉に無言に頷く。
気を強く持て。
自分に言い聞かせる。
こんな事ではいつまでもこの家族に依存してしまいそうなそんな不安に駆られる。
帰りの馬車は行きよりも余計に広かった。
気持ちは落ち着いたが沈んだままである。
…天界にでも行くか。
もしかしたらルナの運命が変わってしまっているかもしれないし、ウィルディアまでは少なくとも二日と半日。時間にして60時間。天界換算で12時間。
よし、寝よう。
「おじさん。」
護衛のおじさんにだけでも断っておこう。
「ん、何かな?お嬢さん?」
「ちょっと二、三日眠ります。」
この時は喪失感で気付かなかったがどう考えてもこの台詞はおかしい。
「あぁ、了解した。」
おじさんもすぐには気付かなかったのか了承した。
「『GO TO HEAVEN』」
「ん…?おい、ちょっと待てっ!?今何て言った!?」
静止の声も聞こえ無かった。
俺の意識は天界へと向かっていた。