23‐5早起きと初出勤
「あなたが死んだのが突然だったように、私の不幸も突然だったわ。」
彼女はどこか遠い目をしている。
俺もあの日の事が頭を過ぎっていた。
「突然の事だった、恐ろしく強い神とでも言うべき奴が降り立って襲い掛かってきたわ。私だって決して弱くは無いし、天使に限らず、神と呼ばれるクラスの奴も返り討ちにしてきた。でも、ソイツには全く歯が立たなかった。」
俺もあの時は本当に無力なただの人間だったし、抵抗のしようが無かったな…。今でも抵抗できる気がしないけど。
「結果として右半分が消し飛ばされて、存在自体も消されかけた。でも運よく逃げられて今に至るわ。」
「じゃあその眼帯とかは、その時のケガが原因なんですか?」
彼女はコクリと頷く。
「未だに治らないし、多分これからも治らないわ。」
俺もまた今のところは元の世界に戻る事はできない。
そういうところも含め、彼女と俺は似ているのかもしれない。
「少し暗い雰囲気になっちゃったわね。ホントはあと百数十年分に渡って話が続くんだけど…。」
あんた一体何歳だよ…、悪魔だし常識が通用しないのはわかるけどもさ…。
「ま、聞きたかったら後でじっくり話してあげるわ。今はストラド君を待たせてるしね。それじゃ、特に質問が無かったら今日の説明会は終了よ。質問があっても後はストラド君から聞いてちょうだい。」
この人結局丸投げにしたよ…。
「あ、でもちょっと待って、大事な事一つ忘れてた。」
大事な事を忘れんなよ。
意外と抜けてるのかもしれない。
「これに一通り目を通しておいて。」
結構な厚みのある書類が手渡される。
「潔白な黒における規約みたいなものよ。国の為なら死を厭わないとか結構無茶なのもあるけど、そういうのが適用されるのは稀だから。」
じっくり読むと頭の痛くなりそうな文の量。
20分もすると後は流し読みになっていた。
「じゃ、理解したらここに血判を。」
血判って…。小さなナイフを手渡される。
「あ、別にこれは悪魔の契約とかじゃなく、普通にこの世界のだから安心してね。それに契約の時だけは悪魔は嘘をつかないわ。」
もう一度パラッと目を通し、俺は契約書に印を押した。
部屋を出るとホールでストラドさんがうつらうつらとしながら待っていた。
「ほら、起きなさいな。ストラド君?」
「あ?おう…。スマン、寝てた。」
ストラドさんは大きなあくびをしながらグーッと伸びた。
「そういえばアティちゃん。名前はどうするの?」
「名前…ですか?」
「あー…。そういえばそうだ…。ほら、昨日酒場の奴らにも聞かれただろ?きっと今夜行ったら洗いざらい聞かれて寝かせてくんねぇぞ?」
確かにその場で考えるのも限界があるだろうし、名前に限らずアティーニャではない全く別の人物像を作っておくべきなのだろう。
「そうですね…。どうします?」
「名前はアティちゃんの『元の』名前を使ったらどう?」
ストラドさんは何の事か分からないといった様子を見せていたが、俺にはその意図は伝わった。
「じゃあ…、フェイってどうですか?」
流石にトシキじゃ違和感があるし…。
「まぁ…、別に良いんじゃね?」
可もなく不可もなくといった反応だった。
「じゃあ今からアティーニャ・ラグラン・トピアーゼ改め、フェイ・カタッグね。」
そこに不満を示したのはストラドさんだった。
「おい、何で俺の苗字使ってんだよ?」
「まあまあ、ちゃんとアティちゃん…、じゃなくてフェイちゃんに関する設定は作っておいたのよ?」
その後三十分に渡ってフェイについての設定が彼女の口から語られた。
途中から他人事の様な気分になった。