番外編 残された兄弟
アレスト視点です。
父に投げ飛ばされ、そのまま俺はずっとその場で考えていた。既に辺りは真っ暗になっていた。
俺はあの時…、どうすれば良かったのだろう…?
身を呈してアティ達を守れば良かったのだろうか…?
敵の力は未知だった。あの場では、アティに言われるがままにルナを連れて逃げた。
あれは間違いだったのだろうか…?
もし、俺がもっと強ければ、立ち向かえたのだろうか?アティを守れたのだろうか?
自問自答を繰り返す。
しかしいくら悔やもうともあの瞬間は戻って来ない。
もし、取り返しがつかない事になったら…。いや…、そんな事を考えるべきではない。
強くならなければならない。もう二度とこんな事が起こらないように、全てを守る為に。
その決意を固め、父と再び向き合う事を決める。
コレは自らへの戒めであり、誓いである。
強く生きる事、全てを守る事への。
志とともに俺は立ち上がり、父の部屋へと向かった。
部屋の前にたどり着き、深呼吸を一度する。
扉を叩こうとした瞬間。
「アティ…なのか…?」
一瞬俺の気配に勘違いしたのかと思ったが、どうやら通信玉による通信のようだった。
という事は、話し相手はアティ…?
無事だったのか…。スッと肩の荷が下りたようだった。
しかし次の瞬間。
「話?それよりも無事なんだな!?」
話…?
「待て、それはどういう意味だ?」
何やらあまり芳しくない事態が起こったようだ。
部屋に入るのも躊躇われ、その話を扉の外で静かに聞いているしかなかった。
アティと思われる話し相手の声までは届かないが、父の発する一言一言が俺の想像を上回る事の重大さを物語っていた。
帰らない、犠牲、誘拐犯一味、父の教え諭すような口調。
詳細は分からずとも今回の事件に関する事情により、アティが何らかの犠牲となって帰って来ない。
そこまでは容易に想像出来た。
俺のせいだ…。これからは何があってもアティ達を守ると決めたはずなのに、その決意は脆くも崩れ去ろうとしていた。
とても父と面と向かって話せる状態じゃなかった。
自責の念とともに部屋に帰る事を余儀なくされた。
翌日、家族が集められ、父はこう告げた。
「昨日の深夜アティの死亡が確認された…。」
空気が凍りつく。
俺は何も言えなかった。
「嘘だ…、そんなの嘘だよ…。ねぇ、父様!嘘だよね!?」
父は無言で首を横に振る。
メルは茫然自失といった様だった。
逆にルナは異様に静かだ。まるで全てを悟っていたかのように。
俺も黙っていられなかった。不可解な点が多過ぎる。
「父様、何故嘘を吐くのです…?」
昨日の通信から察するに少なからず死んではいない。拭いきれない違和感。父が何かを隠しているのは明らかだ。
「私も嘘だと信じたい。しかし、もうどうしようもないのだ。アレス、アティの死は決してお前の責任ではない。気に病むな。」
優しい言葉だった。
しかし、それは今の俺にとってひどく残酷な言葉だった。
「なお、この件は、外部には秘匿とし、アティの死は病死として扱うものとする。」
確かに、公爵家の娘が誘拐され、殺されたとなれば混乱は避けられないだろう。
しかし父が何をそこまで必死に何か隠そうとしているのかが分からない。
俺は一体何を信じれば良いのだろう…?
父はそれだけを伝えたかったのか、何も言わず去っていった。
人がいない場所に行きたかった。
裏庭は、木々が影を作り、とても静かな空間だった。
「…ここにいたんだね。兄様。」
「…メルか。」
今は一人にして欲しかった。
「何でさ、アティを守らなかったの?」
襲ってくる自己嫌悪。昨日の事が頭に鮮明に浮かぶ。
「…俺が弱かったからだ。」
「ふ〜ん、弱かったらアティを犠牲にしてまで逃げるんだ。最低だね。」
突き刺さる言葉。しかし全て事実だ。
「お前に…、何が分かる…!」
「何も分かんないよ〜。分かりたくもないね〜。このヘタレ。」
カッとなり、拳を振り上げそうになる。
「僕だったらアティを守れた。少なくとも身を呈してでも守った。」
…何も言い返す事は出来ない。
「僕さ、アティが死んだなんて信じれないんだ。」
そこは同感だった。メルに昨日の事を話そうかと思った。
「だからさ、僕は僕なりの方法でアティを取り戻してみせる。邪魔をするなら兄様だって容赦しないよ…。まっ、だから邪魔しないでね〜。」
ゾワッと冷や汗すら出た。
狂気すら含んでいるような瞳の光に怯んでしまった。
今のコイツにその事を教えたらそれこそ何をやらかすか分かったものじゃない。
今教えるのはあまりに危険だ。
メルは何も言わず背を向け、去っていった。
俺も…、強くなんないとな…。
本当にメルがやらかした時に止める為にも、もしアティが戻ってくるならその時こそ守る為に、そしてもう何からも逃げない為に。
何を信じれば良いのかは分からない。今はただ己の信じる道を進むしか無かった。
こうしてこの事件は、何も知らされていない者、事実を知る者、そして真実を知る者に分けられた。