21‐3新たなるスタートライン
「待って、下さい…。もう…、無理です…。歩けません…。」
走りすぎてぶっ倒れた事はあったが、あれはあくまで脱水症状や貧血かなんかだった訳で、本格的に疲れで動けなくなるというのは初めてだ。
膝はもうガクガクで立とうとすると生まれたての子馬の様になる。
「…だな、少し休むか。」
疲れは見えるが、意外とストラドさんは平気そうだ。
荷物を降ろし、地面に腰を落ち着ける。
空は日が傾き始めていた。極限まで疲労が溜まっているが、ここまで動けるというのもこの体のスペックがあってこそだろう。前世ならほぼ間違い無く昨夜の時点で既に動けなくなっている。
ここはまだ道のりの三分の一を少し過ぎた所だ。
とりあえずペースとしては悪くない。
途中村なんかもあったが全部素通りしてきた。
とりあえず地図を確認せずとも道が間違っていない事は分かる。なぜなら王都から各地方都市には最低限の舗装の加えられた道が一直線に延びているからだ。
しかし…、ストラドさんの荷物を見ると本当に最低限の食料などであり、とても旅の出来る荷物には思えない。
「ホントに最低限の荷物しか無いんですね。」
そのまま疑問をぶつける。
「基本足が頼りだからな。余計な物持つ余裕なんてねぇし、ほとんど現地調達だ。」
荷物は確かに少ないが、やたらと重そうな大剣を持っている。
「ちょっとその剣持ってみても良いですか?」
重そうだが意外と軽いのかもしれない。それなら軽々振り回していたのも頷ける。
「構わんが、怪我すんなよ。」
そして実際に持ってみた。
「重…!?」
「当たり前だろ。」
持てなくも無い。しかしだいぶフラフラする。
「おい、無茶すんな。」
そう言われ、素直に剣を地面に置く。
疲れとか抜きにしたって重過ぎだろ。
これなら刃が潰れて斬れなくとも武器としては問題なさそうだ。
というよりこういう剣は元々力ずくで切る物か。
「二時間ぐらい仮眠するからお前も疲れてたら寝ていいぞ。」
「二人とも寝たら駄目じゃないんですか?」
片方見張りとかで交互に寝るものじゃ…。
「大丈夫だ。魔物除けの香焚いときゃ、他の動物は近づいて来ないし、それに盗られる物なんて最初から無いしな。」
そう言って数少ない荷物の中からお香を取り出した。
「魔物除けの香って何ですか?」
「これだから温室育ちは困るぜ。これを焚いとくだけで魔物やそこらの動物は近寄らなくなるっつう代物だ。少しばかり値が張るのがアレだが、旅先では必須だな。」
そんな便利な物があるとは…。しかしウィルディアじゃ本当に聞いた事も無い。耳に入ってきてもおかしく無い筈なのに。
香を焚き始めてすぐにストラドさんは眠り始めた。
しかし俺はすぐには眠れなかった。
顔は涙と鼻水でグショグショになっていた。
家族を思い出してとかではない。確かに思い出すと涙はとめどなく溢れ出すだろう。
「ハ…、クシュンッ!」
如何せん香がキツすぎた。鼻や目を直に刺激し、とても辛い。
確かにこれなら動物は寄って来ないだろう。しかし人間よりもその動物達にいくらか近い獣人にも効果は覿面だ。どうりでウィルディアじゃ見かけない訳だ。
しかし香を消したりこの場から離れると魔物とかに襲われる可能性があるのでどうしようも無い。
日はもう沈みそうな所だった。