20−3決別の通信
「アティ…なのか…?」
震えた様な声で問われる。
「はい…。それと少しお話があります。」
「話?それよりも無事なんだな!?」
「えぇ、大丈夫です。」
緊張に体が震える。でも…、言わなきゃいけない。その為の通信なのだから。
「…聞いて下さい。私は、アティーニャ・ラグラン・トピアーゼという存在はこの場で死にました。もう…、どこにもいません。」
決意と決別の一言。
「待て、それはどういう意味だ?」
「この世に、アティーニャという存在はもういません。」
通信を隣で聞いているストラドさんは訳が分からなそうだ。
「私はもう家には帰りません。」
もっとはっきりと簡潔に言う。言ってしまったという後悔と言えたという安堵。
「もう一度問うぞ?それはどういう意味だ?」
「はぁっ!?おいっ!ちょっと待てっ!!?」
ストラドさんの声が耳鳴りがするほど響く。
両手で頭の上の耳を押さえる。
「そのままの意味です。私はもう家に帰れませんし、帰る気もありません。」
声が震える。泣きそうになる。だけどまだ堪えなきゃダメだ。
「家に何か不満があるのか?なんで帰らないなんて言い出す!?」
不満なんて在るはずも無い。
「家に不満はありません。とても温かくて、私の大好きな場所です。でも…、大好きな場所だからこそもう帰れません。」
自分のこの世界での生活を振り返ると改めて恵まれ過ぎているように思える。
「誘拐犯から言われました。私が家族に会わなければ、一切関わらなければもう誰にも手出しはしないって。」
ほんの十数分前の契約。
「誘拐犯一味が何だ?万全の態勢を以ってすればその程度…!」
悪魔のあの圧倒的な力を思い出す。
「駄目なんです…。無防備だろうが、警戒しようが同じ事です…。あの力の前じゃ全ては等しく無意味なんですよ…。」
まさしく次元が違う存在だ。
「仮にだ…。仮に帰って来ないとしてこれからどうする気なんだ?」
それは…、まだ考えていなかったな…。
「まだ…、決めていません…。でも私一人の犠牲で済むならこの上ないことです。」
本当は俺も含めて笑顔で過ごせればこの上ない、けどそれはもう叶わないから。
「誰かを犠牲にするなど馬鹿げている!考え直せ!」
ここで頷けたらどんなに楽だったか…。
「…それは、無理です。だからこそ私はここで死んだんです。生きていると言われるよりは少しでも割り切れます。哀しみは時が癒してくれるでしょう。だから…、『さよなら』を言わせて下さい。」
関係を断ち切ればルナ達の安全は保障される。
あわよくばアラン王子とルナがくっついて、全てはあるべき場所へと帰るかもしれない。
全ては俺がいなかった元在るべき姿へと。
「ふぅ…、説得は無駄な様だな…。」
「…力ずくで連れ戻そうというなら本当に自ら命を絶ちます。」
「違うよ、お前の声を聞けば分かる。強い、とても強い決意と信念を持った声だ。」
…違う。俺は何も強くない。成されるがままのただの、弱い存在だ。
「そういえばお前は昔からそうだった…。芯が強く、昔から何を言っても我を通し、結局意味が無かった…。」
改めて考えるとずっと迷惑掛けっぱなしだな…。
「だが、それで間違っていた事は一度も無い。きっと今回もそうなんだろう?」
…まだ、泣いちゃダメだろ…?今泣いたら、弱くなる、きっと挫けてしまう。だからまだ、堪えなきゃいけない…。
「ならば、今回もお前を信じよう。お前はお前の信じる道を行けば良い。」
「…はい、ご理解頂き感謝します。」
これで…、良かったんだよな…。
「ただし覚えとけ。此処はいつまでもお前の居場所だ。」
ふと家族の、皆の笑顔や笑い声が浮かぶ。
「いつまでもお前の帰りを待っている。私だけではない、家族が。いや、もっと大勢の人達が。だから、きっと帰ってこい。」
視界が滲む。
「はいっ…!」
それがいつになるかは分からない。それでも目標が出来た。いつの日かまた面と向かって家族に会う。
「お前の行く先に明るい未来があらんことを。」
激励の言葉を受け、俺は別れの言葉を。
「それでは…『さよなら』です。」
しかと最後に別れの言葉を残し、自ら通信を切る。
未練が無いと言うと嘘になる。
それでも、これで良かったんだ。
以前から計画していた家出計画が完了し、ルナ達が平和に暮らせる状態も作った。
これで本来の、あるべき姿な筈なのに…。
それなのに、涙が止まる事はなかった。