20−1決別の通信
俺はただ一人呆然としていた。
悲しむにしても突然過ぎて、怒るにもその対象が恐ろしく強大で、強いて言うならば悔しかった。自分の無力さが。
何も出来なかった。力があれば変わった結果かというと疑問だが、幾分マシな物だったろう。
感情の絵の具がグチャグチャと混ぜられ、心のパレットを黒く塗り潰す。
口からは渇いた笑い声が狂ったようにこぼれ落ちる。
元々あまり強い訳でもない俺の心は限界寸前だった。
少し突けば破裂してしまう風船の様な状態だ。
「…おい?大丈夫か?嬢ちゃん?」
そんな俺に話し掛ける存在がいた。
「…来ないで下さい。」
自分でも驚く程冷たい拒絶の声。
近付いて欲しくなかった。敵とも味方とも知れぬ奴に。
助けてくれたのは事実かもしれない。だけどそれは誰の為?自分自身の為じゃないのか?
「怪我とかしてねぇか?ほれ、見せてみろ。」
俺に触れようと伸ばされた腕が俺を捕えようとする物に見えた。
もっと冷静であれば、普段ならば至らないであろう、あらぬ想像をする。
「来るな…!来るなっ!!」
声を荒げ、拒絶を示す。
「どうしちまったんだよ?大丈夫か?」
「ハァ…!ハァッ…!近付かないで下さい…!」
息は荒くなり、今にも壊れそうな心と体は自身を守ろうと外敵に敏感になる。
「おい、落ち着けって…。」
バチンッ!
差し出された手を振り払う。
なだめる為に差し出された手は今の俺には傷付けようとする悪意に見えた。
「触るなっ!!」
「それは…、流石の俺でも少しは傷付くぞ…。」
拒絶しても、振り払っても尚近付こうとする。
少なくともその行為は悪意を持ってしてではないという事に今の俺は気付けなかった。
「安心しろ。俺はお前の敵じゃねぇ。良く見ろ。さっき狼から救ってやった優しいお兄さんだぞ?」
人が分からないのではない、人柄が分からないのだ。信頼に足りうる人物なのか。
何にもすがれない状況の中、今は自分自身すらも頼りなく、他人など頼りたく無かった。
今はどんないい人を演じていてもいつか本性を現すかもしれない。そんな思い込みに捕われていた。
「とにかくそれ以上こっちに近付かないで下さい。」
「いやいや、こっちだってな、はい、そうですか。と引き下がれないんだよ。」
また一歩更に一歩と近付いてくる。
「聞こえないんですか?近付かないで下さいっ!!」
せめてもの抵抗とでも言わんばかりに拳を振り上げる。
それは非常に弱々しいものだった。
簡単に腕を掴まれる。
すかさずもう一方の手で殴り掛かろうとするが、片腕を掴まれた状態での拳などたかが知れている。
「とりあえず落ち着け、別に危害を加える気はねぇよ。」
両腕が塞がれた状態となる。
「ハァ、ハァ…!放して!放してっ!!…放せっ!!」
ジタバタともがくが、効果はあまり無い。
「だから落ち着けっての。何があったかは知らねぇけど俺は敵じゃねぇっ!」
信じられるか…。最初は皆そうやって良い奴を気取る。だけど皆最後には化けの皮が剥がれ落ちるんだ。
両手は塞がれ、次なる抵抗の手段として口を大きく開ける。
そしてそのまま肩に噛み付く。
「痛ってぇっ!!」
口の中に血の味が広がる。
さっさと本性を現せ。
俺を突き放せ。
そうすれば…、もう俺は悩まなくて良い、苦しまなくて良い。
そうすれば自分の体が、心が壊れてしまう様な気がした。でもいっそそれでもいい気がしていた。
壊れてしまえばもう何も必要ない。思考も、何も。