19−5結ばれた不可侵
ソロソロと静かに、気付かれない様にその場を後にしようとする。
その背後では激しい戦闘が始まっていた。
そんな時だった、目の前の何も無かった空間に変化が起こった。空間が歪み、そこに確かな質量を持った物体が生じ、形を成す。
「…トレイ、先生?」
そしてもう一人。
「逃げちゃうなんて悪い子ね?アティちゃん?」
悪魔…!
トレイ先生は無言だった。
「それに、また逃げようとしてる。男二人が貴女の為に争っているんだから見届けるのが筋ってモノじゃない?」
「貴女に正される筋なんてありません。」
筋を正されるどころかコイツのせいで全ての筋書きが歪められたのだ。
「あら、言ってくれるわねー。」
さも気にした様子も見せない。
しかし見届けざるを得ないというのか、退路を断たれてしまった。
「あ、リードから、えっと今戦っている奴ね。リードからは話を聞いたかしら?」
話?アイツの話なんてほとんど聞いていなかったが…。
「う〜ん…。一応言ってたようだから聞いて無かったのかしら?人の話はちゃんと聞くべきよ?」
まるで現場にいたような口ぶり。あの時からコイツは居たようだ。つまり俺はコイツの手の内で踊っていたに過ぎなかったみたいだ。
「覗きとは良い趣味ですね。」
「んー?現場は見てないけど覗きと言われれば…、まぁ否定できないわね。」
何を言ってるんだ…?言葉の意味が理解できないぞ。
「あ、話がズレたわね。本題、本題。まず、貴女を一旦見逃してあげる。」
やっと思い出した。疑心100%で聞いていたから耳に残っていなかった。当然今も信じていないし、疑心も更に二割増しだ。
「その目は信じてないわね?ま、構わないんだけど。それでリードったらそこだけ聞いて通信切っちゃうものだから困ったモノよね?」
『だけ』と言うくらいなのだから碌でもない続きがあるのだろう。
「それでまだ続きがあるの。うん、分かってた、って顔ね。まず、私達は貴女の家族には今後一切手を出さない。望むなら身近な人まで範囲を広げても良いわ。」
ここだけならメリットになる様な話…だよな?
「代わりに貴女の下請けが手を出すのでは?」
いくらでも他に方法はあるだろう。相手側が絶対有利のこの状況でこちらへのメリットの意味が分からない。
「慎重ね。大事だものね。うん、私達の関わり合いの者全てが手を出さないって誓いましょう。もう獣人の公爵家には興味が無いしね。」
疑わしいが、ここで下手に刺激して全てが水泡に帰すのもまずい。
「デメリットもあるんでしょう?」
このままでは話がうますぎる。
「ま、当然よね。条件を話す前に少し目的の話でもしましょうか。」
目的…?
「聞かせて貰いたいものですね。こんな事までして成し遂げたい目標を。」
そう、明らかに今までの行動はリスクとリターンが見合っていない。
公爵家を延いてはこの国、この世界では最大の国を敵に回すリスクを伴ってまでする様な事には到底思えない。
確かにこの悪魔は世界を敵に回そうが平気かもしれないがそれにしても回りくどく、無意味だ。
「えぇ、私の目標は『世界征服』よ。どう?壮大なスケールじゃない?」
空気が凍った。背後の激しい戦闘音が空しく響くようだった。