19−3結ばれた不可侵
ズンッと熊の豪腕が振り下ろされる。
紙一重で転がって避ける。
数瞬前に居た所には熊の腕がめり込んでいた。
背中に冷たい物が伝う。
あんなの喰らったらひとたまりも無いどころか普通に死ねる。
自分の体では無いかの様に未だに立ち上がれない。恐怖や疲労、様々な要因が絡み合い、立ち上がることを阻害する。
必死に地を這い、距離を取ろうとするのに対し、熊はジリジリと距離を詰めてくる。
どうする…?何とかしろよ、俺…!
そんな時だった。
背後より火の玉が飛来し、熊に当たる。周囲が明るくなり、相当な熱を持っていたのだろう、熱風が体を炙る。
「なっ…?」
突然の攻撃に熊は成す術も無く、苦悶の声を上げ、ズシャッと崩れ落ちる。
今のは…、魔法…?
バッと振り返る。
「よぉ…、久しぶりだな?あァ?」
腕を前方に構えた誘拐犯がいた。
「薬莢を近くで見つけてよ、近くにいると探してみたら銃声が聞こえてなぁ。危ない所だったんじゃねぇの?」
最悪だ。コイツに見つかるくらいなら狼の餌なり熊に殺されていた方がマシに思える。
「何だ?無言で睨みやがって?命の恩人様に礼の一つや二つ無いのかい?」
恩着せがましい事この上ない奴だ。
弾の篭っていない銃を無言で向ける。
「おっ?それがお礼ってか?全く…、私利私欲に駆られて自らの教え子を撃つ教師がいりゃ、教え子も教え子だな。」
向こうも銃を取り出し、銃口が向けられる。
「やっぱりあれかね?世間知らずのお嬢様にゃあ、一度社会の厳しさっつうもんを教えてやるべきなんかね?」
「貴方に教わる事などありません。」
ぶっきらぼうに言い放つ。
「相変わらず可愛いげのねぇガキだ…。まぁ、良いや。ソイツを下ろせ。」
信じられない事にアイツは拳銃を下ろした。
「…何を企んでいるのですか?」
全く意図が掴めない。
「何も企んじゃいねぇよ。仮に企んでたって言わねぇよ。ただ疲れただけだ。それにお前さんにゃソイツは撃てんだろうよ。」
無抵抗をアピールするかの様に両手を広げる。
「馬鹿にしないでくださいっ!!」
撃てもしない拳銃を握る力だけが強くなる。
「ほぉ…、撃つってのかい?やめとけ、後悔するだけだ。」
ギリッと悔しさを噛み締め、無言で向けていた拳銃を下ろす。撃たないのではなく、撃てない。それは例えこの銃に弾が篭っていようと変わらない結果だろう。
俺はまだ人でいたかった。何の躊躇いもなく殺める様なコイツの様な外道には成り下がりたくなかった。
「ハハハッ!やっと素直になったじゃねぇか。いい子だな。まあ良いや、少し話をしようか。」
訝しみ、ジッと睨みつける。当然の如く警戒は怠らない。
「だから睨むなっての…。んで、話ってのがだな。ボスの意見じゃ、テメェを逃がしてやっても良いぜって話だ。」
一瞬理解が及ばなかった。
「わざわざ一度捕まえておいてですか?」
訳が分からん。というか普通に信用ならん。
「だろ?訳分かんねぇし、一文の得にもなりゃしねぇ。」
当然顔が割れていて、逃がしたとなれば、少なくとも良いようには働かないだろう。
「まあ、無事に森を抜けられたら見事放免って話なんだが、俺はいま一つ納得いかねぇ。だからよ、一つゲームといこうぜ。」
絶対碌な事にはならない。
「断ります。」
「拒否権は無しだ。さあ、楽しもうぜ?」
狂気に満ちたゲームが始まろうとしていた。