19−2結ばれた不可侵
これからどうするか。まずはそこからだ。
歩みを進めなければ始まらないが、日が昇るのを待った方が夜行性の動物達は大人しくなるかもしれない。
しかしこんな森の中で独り夜を明かすというのも辛い。
周りを見渡すと都合よく丁度良い感じの穴蔵があった。
あそこなら大丈夫だろう。
中を覗き込むと雨風を凌ぐのには良さそうな空間だった。
中は少し獣の匂いが立ち込めていた。元々何かの動物の寝床だったのだろう。
「お邪魔しまーす…。」
誰に言うでも無く断りを入れる。逆に返事をされたら怖い。
中は湿っぽいが良い感じに腐葉土が熱を持ち、快適な空間だった。
ここで夜明けを待ち、多分一番近い町であるマリネシアに行く。どのくらいかかるか分からないがストラドさんの話を聞いていた限りではそう遠くない筈だ。
マリネシアは魚人の多く住む地方の中心となる都市である。つまりウィルディアの様な町だ。
そこから何とかして公爵家と連絡を取る。
そうすればこの一連の事件は解決となる。
問題は道も分からない状態でどうやってマリネシアまで行くかだ。
連絡が取れれば何でも良いから最低ラインは森を抜け、人のいる所まで行ければ良い。
通信玉は広く普及している為こんな森の中で善意の人と出会うだけでも問題は解決される。その確率は極低いだろうが。
とにかく明日は動き回るんだ。休める時に休んでおこう。
そう考え、眠りに就こうとした。
しかし今日の俺はそういう宿命の下にあるようだ。
ノッソノッソと巨体を揺らし、穴蔵の主が帰って来たようだ。
体長2m強、体重数百kgと予想される大熊だった。
どうも今日は人生最悪の日と見て間違いないようだ。
穴蔵の主なのか、それとも通りすがりなのかは分からないし、知った事じゃ無いが、どうにもご立腹の様子だ。
「アハハ…、お邪魔しましたー…。」
コソコソと穴蔵からはい出て、出来るだけ刺激せずに穏便に事を済ませようとするが、向こうはそんなことお構いなしのようだ。
両腕を大きく広げ、立ち上がり、出来る限り体を大きく見せようとしている。威嚇と呼ばれる行動だ。つまり敵として見なされている。
巨体の全てを使った威嚇の威圧感は凄まじかった。
懐の拳銃を取り出し、構える。
逃げないのではなく逃げられない。情けない事に腰は抜け、手元も覚束ない。歯の根が合わず、カチカチと音を鳴らす。仮に走れても熊は時速3、40キロくらいで走るとか聞いた気がする。流石にそれは逃げきれないと思う。
反動に身構え、引き金を引く指に力を込める。
震える手から放たれた弾丸は、有ろう事か目の前にいる熊に当たらず遥か背後で木に当たる音がした。
よりによってこんな時に…!
やばっ…!
熊は攻撃されたと思い、更に怒りを増す。
再び拳銃を構え、二撃目の衝撃に備える。
しかし引き金を引いても弾丸が放たれる事は無く、反動が襲って来る事も無かった。
「嘘っ…?弾切れ!?」
こちらの戸惑いなどお構いなしに腕を振り上げ、攻撃する態勢をとっている。
本日何度目になるかも分からない死の予感がした。