18‐4暗闇の森林
「ギャワンッ!!」
狼の悲鳴が聞こえた。
痛みはいつまで待ってもやって来ない。
恐る恐る目を開けた。
「誰…?」
そこにいたのは俺の身長(およそ150cm)かそれ以上の大剣を構えた大柄な男だった。
「自己紹介は後でだ!立ち上がれるか?」
「多分…無理です…。」
すっかり腰が抜けていた。
「だったらそこの木の洞に隠れてろ。」
男の指を指した方を見るとちょうど人一人が収まりそうな空間があった。
疲労と痛みを堪え、力を振り絞り転がり込んだ。
幸いにも狼達は男に気を取られていた。
穴の中よりそっと覗き込むと男はまるで重さなど無い様に大剣を扱い、狼達をあしらい、纏めて薙ぎ払っていた。
素人目に見てもだいぶ扱い慣れている剣捌きだ。
しかしあれは何キロくらいするのだろうかいや、十数キロはくだらないだろう。
そんな事を考えている間にも狼の掃討は終わっていた。
「おいっ、もう出てきてもいいぞっ!」
その言葉にそろそろと這い出る。
雨脚はだいぶ弱まっていた。
互いに何から話せば良いのか分からず、ただでさえ静かなのに更なる沈黙が場を支配した。
「…あの、貴方は誰ですか…?」
先に沈黙に耐えられなくなったのは俺だった。
初対面の人にこういう言い方はどうかと思ったが仕方なかった。
「俺はストラド・カタッグだ。近くの町で狼が増えてきたっていう討伐の依頼を出されてな。」
「近くに町が有るんですか!?」
町まで行ければ何とかなるかもしれない。少しだけ希望が見えてきた。
「…はぁ?お前まさか森の反対側から来たのか?」
「というかこの森ってどこですか?」
呆れられた顔になる。
「いったいお前はどこから来たんだよ…。良いか、此処はアークの森だ。」
アークの森。地理で習った記憶が確かなら隣接諸国との一つの国境となっている広大な森だ。
そして位置としては…
「ウィルディアの反対じゃないですか!!」
王都を中心として広がるこの国でウィルディアとアークの森は王都と魚人領を挟み、ちょうど真逆に位置している。
「まさかお前…、ウィルディアから来たのか?」
「来たというか連れて来られたというか…。」
「つまり人攫いか何かか?」
的確に的を射ていた。
「まあ、そんな所です…。」
「ふぅん…、大変だな。で、これからどうすんだい?」
ここで会ったのも何かの縁。勇気を出して尋ねよう。
「あの…、ウィルディアまで連れて行っては貰えませんか…?」
ストラドさんは少し考え込み、
「ウィルディアまではあれだが王都ぐらいまでだったら良いぞ。他にも仕事が溜まっててな、寄り道してる余裕は無いんだ。」
「王都まででもありがたいです!」
よし、何とか森は抜けられそうだ。
「で、お前名前はなんつうんだ?」
「私はアティーニャ・ラ…」
ここまで言いかけて止まった。
助けてもらっておいてだが、公爵家の人間であると知られれば良いようにされるのではと勘ぐってしまった。
特に今俺は身一つで自身を守る物も守ってくれる者もいない。
「ん?どうした?」
「アティーニャ・ライカです。」
あえてミドルネーム(の様なもの)を名乗らず貴族という身分を隠した。
「ふぅん…、お前さんは歩けないようだし、仕方ないからここで一晩明かすか。」
「こんな森の中でですか…?」
「火がありゃ獣は近づいて来ない。何より俺は強いぞ?」
確かに先程の戦闘を見ていれば分かるが…。
色々と不安な前世を含めても初めての野宿(つけ加えると狼もいる森の中で)が始まった。