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攻撃魔法至上主義の世界で、生活魔法を極めます!  作者: 秋月 もみじ


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第8話 汚物に塗れた敗者と傷一つない二人の凱旋


 数千の氷像が立ち並ぶ、白銀の森。

 そこに到着した王国騎士団の一団は、言葉を失っていました。


「……これを、お前一人でやったと言うのか? ルーカス」


 馬から降りた初老の男性――騎士団長であり、ルーカス様の父君であるアイゼルシュタイン公爵が、震える声で問いかけました。

 彼の視線の先には、地平線まで続く魔物の群れが、芸術的なまでに完全な氷の彫刻となって静止しています。


「私と、彼女の力です」


 ルーカス様が私の腰に手を回し、前に出ました。

 私たちは戦闘直後だというのに、汗ひとつかいていません。

 服には泥ハネひとつなく、髪も艶やか。

 まるで、今しがた優雅なティータイムを終えたかのような姿です。


「彼女の支援があったからこそ、私は全力を出せました。……父上、私の魔力回路を見てください」

「む……?」


 公爵様が息子の体に触れ、魔力感知を行います。

 次の瞬間、厳格な彼の目が驚愕に見開かれました。


「な……無い!? あれほどお前を蝕んでいた『おり』が、綺麗さっぱり消えているだと!?」

「はい。彼女がすべて『洗い流して』くれました」

「馬鹿な……高位神官ですら匙を投げた劇毒だぞ……」


 公爵様は信じられないものを見る目で、私を凝視しました。

 私はカーテシー(膝を折る挨拶)で応えます。


「お初にお目にかかります、閣下。元クルー伯爵家、現在は無職のミラベルと申します。ただの通りすがりの掃除好きです」

「掃除……? これがか?」


 彼は氷漬けになったSランクのワイバーン(全長十メートル)を指差しました。

 私はにっこりと微笑みます。


「ええ。庭の害虫駆除としては、少し大掛かりになりましたけれど」


 その時、部下の騎士が慌てた様子で走ってきました。


「だ、団長! 氷像の中に、生存者らしき反応があります! これは……行方不明になっていた『紅蓮の牙』のメンバーです!」

「なんだと?」


 指差された先には、恐怖に歪んだ顔で凍りついているセリウス様たちがいました。

 泥とすすにまみれ、鼻水を垂らし、極めて情けないポーズで固まっています。


「……解凍して、拘束しろ。事情聴取が必要だ」

「はっ!」


 こうして、私たちは王都へ凱旋することになりました。

 美しい馬車に乗る私とルーカス様。

 そして、後ろの荷台に罪人として積まれていく、ドロドロの元婚約者たち。

 そのコントラストは、これからの運命を暗示しているようでした。


   ◇


 数日後。王城、謁見の間。

 煌びやかなシャンデリアの下に、国王陛下をはじめとする重鎮たちが並んでいました。


 中央には、私たち二人が立っています。

 私は最高級の絹で仕立てられたドレス(ルーカス様からのプレゼントです)を纏い、肌は湯上がり卵のようにツヤツヤ。

 隣のルーカス様も、正装の軍服を着こなし、輝くような美貌で周囲の令嬢たちを溜息の海に沈めています。


 対して、その横に跪かされているセリウス様たちは、悲惨でした。

 牢屋暮らしで髭は伸び放題、服はボロボロ。

 お風呂に入っていないのでしょう、酸っぱいような異臭が漂っており、周囲の貴族たちがハンカチで鼻を覆っています。


(……不潔ですね。半径五メートル以内に入らないでいただきたい)


 私が心の中で除菌スプレーを噴射していると、国王陛下が重々しく口を開きました。


「此度のスタンピード、見事な鎮圧であった。ルーカス、そしてミラベルよ。其の方らの働き、まさに国の英雄である」

「勿体なきお言葉です」


 私たちが頭を下げると、横から「異議あり!」というしゃがれた声が上がりました。

 セリウス様です。


「へ、陛下! 騙されてはいけません! これはマッチポンプ……自作自演です!」


 彼は血走った目で私を指差しました。


「スタンピードを起こしたのは、そこの女、ミラベルです! 彼女は私への復讐のために、ダンジョンの封印を解いたのです! 私たちはそれを止めようとして、巻き込まれた被害者なのです!」


 ざわっ、と会場が揺らぎました。

 なるほど。

 自分たちの罪をなすりつける作戦ですか。

 相変わらず、浅はかというか、想像力が欠如しているというか。


「ミラベル、申し開きはあるか?」


 陛下が問います。

 私は静かに顔を上げました。


「陛下。論より証拠、と申します。……皆様、私たちと彼らを、よくご覧になってください」


 私は手のひらで空間を示しました。


「私たちは、数千の魔物を相手に完勝し、傷一つ負わず、服も汚さずに帰還しました。一方、彼らはどうでしょう? 泥にまみれ、悪臭を放ち、魔物から逃げる途中で背中を見せて凍りついていました」


 私は冷ややかにセリウス様を見下ろしました。


「もし彼らが『止めようとして戦った』のなら、なぜ背中の傷ばかりなのでしょう? なぜ、敵に立ち向かった形跡が皆無なのでしょうか?」

「ぐっ……そ、それは……多勢に無勢で……!」

「それに」


 ルーカス様が一歩前に出ました。

 その威圧感に、セリウス様がビクリと震えます。


「現場検証の結果、封印壁が破壊された跡から、これが見つかった」


 ルーカス様が懐から取り出したのは、砕けた赤い宝石の欠片でした。


「これは『爆炎の宝珠』。バーンサイド家が所有する、使い捨ての魔道具ですね? セリウス殿」

「あ……」


 セリウス様の顔から血の気が引いていきます。


「貴方のポケットからも、同じ宝石の粉末が検出されました。……言い逃れができると思っているのか?」

「ち、違う! 俺はただ、封印の奥にある『賢者の杖』を手に入れようと……そうすれば、ミラベルなんかいなくても、俺は最強になれると……!」


 自白しました。

 要するに、私を追い出した後、生活が立ち行かなくなって焦り、一発逆転を狙って危険なエリアに侵入。

 結果、封印を爆破して大惨事を招いた、と。


「……愚か者め」


 騎士団長閣下が、吐き捨てるように言いました。


「己の無能を棚に上げ、功労者を陥れる虚偽報告。さらに国を滅ぼしかけた大罪。……連れて行け!」

「ま、待ってください! 俺は侯爵家の……うわぁぁぁ!」


 衛兵たちに引きずられていくセリウス様。

 その姿は、かつて私をテントから追い出した時の傲慢さなど見る影もありません。

 ただの、汚れた犯罪者でした。


「……汚らわしい」


 私は小さく呟き、指先で空中の埃を払う仕草をしました。

 これでやっと、目の前の「汚れ」が片付きました。


「ミラベル嬢」


 陛下が私に声をかけました。

 その目は、敬意に満ちています。


「其の方の『生活魔法』とやらは、我が国の常識を覆す力だ。ルーカスの病を癒やし、国を救ったその功績、高く評価する。……望みの褒美はあるか?」


 褒美。

 周囲の貴族たちが固唾を飲んで見守ります。

 公爵夫人への地位か、莫大な領地か、それとも宮廷魔導師の座か。


 私はルーカス様と顔を見合わせました。

 彼は優しく頷いてくれます。

 私の望みを、彼だけは知っていますから。


「陛下。私の望みは一つだけです」


 私はドレスの裾をつまみ、深く一礼しました。


「あのダンジョンの廃屋……いえ、私の『マイホーム』の永久居住権と、不可侵の権利をいただきたいのです。そして――」


 私はチラリと隣の英雄を見ました。


「私の家の『専属管理人』として、ここにいるルーカス様を雇用する許可を」


 会場が静まり返り、次の瞬間、爆発的なざわめきに包まれました。

 公爵家次期当主を、管理人(雑用係)にする?

 前代未聞の要求です。


 けれど、ルーカス様は今日一番の笑顔で、堂々と宣言しました。


「謹んで、拝命いたします。……彼女の家の床掃除は、私以外の誰にも譲りません」


 呆気にとられる陛下と父君を置いて、私たちは手を取り合いました。

 こうして、汚物に塗れた敗者は地下牢へ。

 傷一つない私たちは、光り輝く未来(ひきこもり生活)へと、華麗に凱旋したのです。

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