表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

肆話 発我

北へ向かう道中、街が一つあった。

ワシとアリシアは、面倒を避けるためにローブを纏い、フードを深く被る。


「なんか忍者みたいで、ワクワクするね」


「忍にそれを言うのか?」


「へへ、洒落てるでしょ?」


洒落ている、という感覚が分からず、返答はしなかった。


街はそれなりに栄えており、人の行き交いも多い。

隣から、微かな音がした。


――ぐぅ。


常人には聞こえないほど小さな音だったが、ワシにははっきりと聞こえた。


「腹が減ったのか?」


「えっ、聞こえてた!? 恥ずかし……」


少し頬を赤らめる。

忍は空腹を気にしないが、普通は違うらしい。


「何か食べるか?」


金はある。仕事柄、必要な物をいつでも買えるだけの資金は持っていた。


「やった! あれ食べたい!」


彼女が指さしたのは、「クレープ」と書かれた看板の店だった。

甘い匂いが鼻をくすぐる。


買ったクレープを、アリシアは嬉しそうに頬張った。


「おいしー! 君は食べないの?」


「腹は減っていない」


そう言った直後、クレープが口に押し込まれた。


「食べ物ってね、一人より二人で食べた方が美味しいんだよ。もっと美味しく食べたいから、君も食べて」


……そう言われてしまえば、食べるしかない。


甘ったるいだけで、何が良いのかは分からなかった。

だが、主人がそれで良いなら、それでいいのだろう。



日が傾き、宿を探し始めた、その時だった。


「……聖女?」


誰かが、そう呟いた。


アリシアは、反射的に振り向いてしまった。

そこからは、酷かった。


「裏切り者」

「聖女失格」


小さな声の罵倒。

後ろ指をさされ、石が投げられる。


ワシが前に立ち、石を受けた。

先の尖ったそれは、少し刺さった。


相当な敵意だ。


路地裏へ逃げ込み、人々の声が届かない場所まで離れる。


「……ごめん」


一息ついた後、アリシアはそう言った。

誰に向けた謝罪かは、分からない。


いつも明るく、冗談を言う彼女からは想像できないほど、落ち込んでいた。

目から伝わってくるのは、強い自責と自虐。


何か言うべきなのだろう。

だが、ワシには分からない。


忍は、人が望む言葉を知らない。


だから――

感情に従うことにした。


「アリシア」


名を呼ぶ。


「お主が命令してくれるのであれば、ワシはあいつらをぶん殴りに行こうと思う。無論、殺さない程度に。命令してくれないか?」


胸の奥から、不快な何かが湧いていた。


なぜ、彼女がこんな顔をしなければならないのか。

聖女の命令は「魔王を倒すこと」。

彼女は、それを果たそうとしている。


ならば、何をしても構わないだろう。


「……ふっ、はははっ」


アリシアは、腹を抱えて笑い出した。


「面白いこと言うね。君は、それを命令してほしいの?」


「無論だ。奴らを不快に思っている」


再び、彼女は笑った。


「ごめんごめん。そんな顔しないで」


そして、言う。


「いいよ。命令。あいつら、ぶん殴ってきて。私も、むかつく」


「御意」


陰口は本人に届かない声量だったため見逃す。

殴るのは、直接言った者だけだ。


「裏切り者の仲間が何の――」


最後まで言わせない。


殴る。

殴る。

殴る。


警備兵が来る前に、その場を離脱した。

戦えという命令は受けていない。



街を出て、追手を撒いたところで、ようやく一息つく。


「いやー、本当に殴っちゃったね」


「命令だったからな」


「それだと、私が悪いみたいじゃない?」


「忍の行動の責任は、主が持つものだ。血判にもそう書いてある」


「まぁ……そうだけど」


どこか、距離がある。


「どうした?」


「んー……ありがとね。色々、気遣ってくれたんでしょ?」


「何のことだか分からない。忍は、命令以外のことはしない」


「……そう言うことにしといてあげる!」


思いっきり、アリシアがぶつかってきた。

この程度で体が揺らぐことはない。

しかし、彼女が逆に吹っ飛ぶのが目に見えていた。

仕方なく体感を崩し、受け止める。


想定よりずっと、痛かった。


アリシアの弱さを知った。

彼女は聖女だが、普通の人間であり、人よりちょっと強い。


そんな彼女を、守っていこうと、思った。


伽藍堂の忍は、命令を再度認識して、北へ歩き続ける。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ