参話 聖女
そうして、ワシとアリシアは旅を始めた。
目的地は、魔王城のある最北の地――
ディスエイジ。
魔王討伐を果たすため、聖女である彼女は北へ向かう。
ワシは、その護衛だ。
山道は険しく、人の気配は薄い。
だが、静けさは必ずしも安全を意味しない。
妙な違和感を覚え、足を止めた瞬間――
空気を裂く音が遅れて届いた。
無数の矢。
瞬時にアリシアの前へ出る。
放たれた矢を、一本残らず蹴り、殴り落とした。
「びっくりした……弓矢?」
「それらしいが……矢にしては妙に速い」
これまで経験した中でも、群を抜いている。
「あ、それ魔法だよ」
「魔法?」
知識としては知っている。
炎や水を生み出す程度のもの。
師はそれを、忍法の紛い物と呼んでいた。
「魔法というのは、矢を速くするような使い方もできるのか?」
「え? 知らないの? てっきり知ってると思ってた――」
「その話は後だ。敵襲」
足音。複数。距離は近い。
「殺しちゃダメだからね」
「分かっている」
不殺の技も、いくつか持ち合わせている。
「聖女! 覚悟!」
刀を振りかぶり突っ込んできた老人の刃を、側面から叩き折る。
そのまま蹴りの風圧で吹き飛ばした。
別方向。
同業者らしい男が木陰に潜んでいる。
木ごと蹴り、まとめて地面に伏せさせる。
残るは、少し離れた場所に立つ女――
戦闘員には見えない。
そう判断した、次の瞬間。
「焼き尽くせ、ヘルフレア!」
森を呑み込まんとする炎が放たれた。
これは、危険だ。
護衛対象を殺しうる。
「忍法・水遁」
手に魔力を流し、動かす。
水を生み出し、放出する魔力を強める。
巨大な水球を形成し、それを女へ蹴り放つ。
炎は掻き消え、質量による衝撃が女を打ち倒した。
一応、全員の意識と所持品を確認する。
追撃の危険はない。
しかしどうやら、国に雇われた人間らしい。
「よくできました」
安全を確認した途端、アリシアが近づいてきた。
「よしよししてあげる」
頭に、柔らかな感触。
「……? これは、なんだ」
「よしよしだよ。よく出来た人にはよしよしするの」
「理解できない文化だ」
「そうだろうね。でも、悪い気しないでしょ?」
……それは、否定できなかった。
感情らしきものが、否と言わなかった。
「素直でよろしい」
彼女は満足そうに手を離し、今度はワシの身体をまじまじと見る。
視線が、右脚で止まった。
「怪我してるじゃん。痛くないの?」
言われてみれば、違和感がある。
「気にするほどではない。いつものことだ」
足技が主体である以上、怪我は避けられない。
「よくない」
即座に、否定された。
「自分の身体はもっと大事にしないと。
いつか、本当にダメになっちゃうよ」
「ダメになっても、代わりはいくらでもいる」
事実だ。
「お主も、ワシが使えなくなれば別の護衛を探せばいい。
忍とは、そういうものだ」
その瞬間、彼女は本当に怒った顔をした。
「ダメ。命令」
まっすぐに、こちらを見る。
「自分の身体を大事にして。
私は君がいいの。
君に護衛をしてほしいの」
真剣で、少し悲しそうな表情。
冗談の欠片もなかった。
「……分かった」
命令なら、従うしかない。
それに――この顔は、見たくなかった。
「わかったならよろしい。ちょっと動かないで」
彼女はワシの脚に手を置き、静かに言葉を紡ぐ。
次の瞬間、違和感が消えた。
「治しといたから。大事にしてね」
……なるほど。
これが、聖女の力か。
最初の襲撃は、
彼女がただの主人ではないことを、ワシに教えた。
そして同時に、
ワシが“消耗品”であることを、否定した出来事でもあった。
伽藍堂と呼ばれた忍は、
その夜また一つ、理解できないものを抱えたまま、北へと歩き出した。




