8番目の夫、そっと呟く。74
本日はベル様視点でございます。
リニと屋台で買ってきた飯を食べてから、寝支度をする為それぞれ自室に戻った。
本当なら「可愛い」と、ちゃんと伝えたかったのに、精霊がテーブルから出てきたせいで伝え損ねてしまった‥。くそ、せっかくのチャンスだったのに!不貞腐れつつ風呂から出て、リニからもらったお菓子の入った小箱が置いてある机の上に目をやる。
小さな、なんの変哲も無い白い箱。
しかし、紛れもない自分の為に作ってもらったお菓子が入っている。
それだけで胸の奥に明かりが灯る感覚になる。そっと小箱の上を撫で、今日ほど驚いたことはなかったな‥と、振り返る。
精霊になった母がまさかあんな風になっていると、思いもしなかった。
そしてリニがまさか幽体化してしまうなんて想像もしなかった。色々なことが重なり、精霊と勘違いして母がリニを追っていた時には、肝が冷えた‥。
結果的に母に菓子を渡せたが、あれだけ精霊を怖がっていたリニだ。「帰る」と言われたらどうしようと思いつつ、正直に母だと説明すれば焦ったようにこちらへ謝るリニに驚いた。
悪いのは、どう考えてもこちら側なのに。
けれど、自分があまり母に対してよく思っていないことを責めるでもなく、ただありのまま受け止めてくれたことに、驚くと同時に有り難かった。お菓子を渡して、ようやく笑えるようになったのは時間もあるが、リニがいてくれたことも大きい。
自分の手を見れば、馬車で落ち込む自分の手を撫でてくれたことを思い出すと、手が‥、耳が、熱くなるのがわかる。
「‥‥半年間、せめて一緒にいられたら」
ボソッと願いが口から零れ落ちる。
リニにとっては、この国は慣れないことばかりだろう。
この国へ来た人間は、大概驚いて、青ざめて、すぐに帰ろうとする。‥それこそ大人でもだ。幼いリニならば、もっと大変だろう。そう考えたら自分の一緒にいたい、運命の番と共に生きたいという俺の一方的な願いは、リニにとっては迷惑だけしかない。早々に帰した方がいいと思う‥。
詰めていた息を吐いて、隣のリニの部屋に繋がるドアを見つめた。
運命の番だと魔族や獣人、エルフ、ドワーフ、多岐にわたるが、どの種族も出会ったらすぐにわかる。だが、人間だけは別だ。人間だけは「運命の番」がわからず、相手がどれだけ想ってもその存在に気が付かない。それどころか、相手の熱量に戸惑い、逃げようとさえする。
だから、人間が「運命の番」だとわかると、諦める種族もいる。
同じように愛して欲しい。
でも、それが叶わないから諦める‥。そう聞いた時は、自分はそんなことはないと思った。どれだけ好きかわかってもらえばいいだけだと。
でも、俺に対して心配してくれたり、怒ってくれたり、慰めようとしてくれるあの姿を見て、随分と自分は傲慢だと思い知らされた。
「同じように‥、感情をもって生きているのにな」
自分のことしか考えてなかったことを思い知らされる。けれど、それと同時にもう少しだけそばにいて欲しいと思っている。柔らかいあの手で、自分の手を優しく撫でてくれたリニ。
帰りたいと言われたら、本当に諦められるのだろうか‥。
こんなに好きだと、そばにいて欲しいと思っているのに。と、リニの部屋へ通じつドアがノックされ、心臓が跳ねた。
リニ、なのか?
ドキドキしながら、そっとドアを開けると、まさに考えていたリニが立っていた。
「どうした?何かあったのか?」
「ええと、いつもベル様が来てくれるので、たまには私からも声を掛けてみようかと‥」
「そ、そうか。では書類をいくつか持っていくので少し部屋で待っていてくれるか?」
「はい!」
元気よく答えるリニに、知らず口元が緩む。
‥可愛い、俺の運命。精霊が怖いだろうから‥と、急いで机の上に置いておいた書類を掴み、すぐにリニの方へ駆け寄ると、リニが部屋をぐるりと見回してから俺を見上げた。
「べ、アヴィ様って、香水を使っているんですか?」
「へ?」
「いえ、先日お部屋で寝かせて頂いた時、すごくいい香りがしたので‥。今もいい匂いだなぁと思って」
「そ、そうか」
それは、運命の相手だから‥じゃないか?
だがリニは人間だ。運命の番だと認識する一つが香りだというが、きっと偶然だろう。
それでも‥、少しだけそうだったらいいな、と思う自分に、リニは微笑んでくれた。
「明日はかぼちゃがどれくらい育っているか楽しみですね」
「‥そうだな」
「かぼちゃって種も食べられて、本当にいいお野菜なんですよ!」
「そうか、楽しみだ」
本当に野菜が好きなんだな。
嬉しそうに話す顔を見ると、早く実って欲しいと思う。
畑に少しだけ成長を早める魔法を掛けておいたが、明日もう少し掛けておくべきか?そんなことを考えつつ、リニに手を差し出すと、当たり前のように俺の手を握ってくれる。
安心、してもらえているのだろうか。
チラッとリニを見ると、
「ベル様の手って大きいですよね!お父さんみたい!」
と、言われた。
‥‥‥父、父か。運命の番どころか、まだ土俵にも登っていない自分に心の中で涙しつつ、愛おしい運命の手をそっと握り返したのだった。




