8番目と夫(仮)の夜。73
ふわふわな気分でベル様と屋敷へ帰ると、レーラさんとフィプスさんがすでにお菓子を詰めた箱を用意していた。
「あれ?!私達、まだ何も言ってないはず‥」
驚いた私にレーラさんがパチンと可愛くウィンクして、
「ふっふっふ!優秀なメイドは何もかもお見通しです!お菓子の方はフィプスさんが送って下さるので、オルベル様とリニ様は食堂へどうぞ!すぐにお茶をご用意致しますね!」
「は、はい‥」
もう頷くしかない私の横で、ベル様はじとっとレーラさんとフィプスさんを睨んでいた。あの‥、そこは優秀って褒めておくべきでは?と、にゅっといきなり壁からお化けが現れた。
「うひゃああああああ!!!?」
慌ててベル様の後ろへ隠れると、ベル様は手慣れた様子でポケットから飴を投げつけた。あ、飴も持ってたのか‥。あっという間に飴を受け取って消えたお化けを見て、ほーっと息を吐き出す。
「すみません、全然馴れなくて‥」
「いや、苦手なものは仕方ない。それより手を‥」
「あ、はい」
ベル様が差し出してくれた手を、当然のように握るとレーラさんがニマニマしながら、「良かったですねぇ!オルベル様!」なんて言うので、ちょっと照れ臭い。い、いや、だって、ほらお化けが出るからさ。と、心の中で言い訳しながら一緒に食堂まで歩いていくけれど、また足元がふわふわした気分になる。
うーん、もしかしてまだお茶の成分が体に残ってるのかな?
「リニ、大丈夫か?」
「っへ?」
「顔色はいいが、ぼんやりした感じだが‥」
「え、そ、そうですか?」
「まさか‥、発熱!?」
「いやっ?そんな熱って感じはしないので大丈夫だと思います」
「そうか‥。何か違和感を感じたらすぐに言ってくれ」
「は、はい」
キリッとした顔で私を見つめるベル様に心の中が今度はそわそわする。
嗚呼〜〜!!なんなんだこれ?!繋いでる手から、汗まで出てきた気がする!ベタベタするとか思われないかな?そわそわとする気持ちをどうにか誤魔化しながら食堂へ行けば、いつの間にか屋台で買った物が暖められた状態で、綺麗にお皿に並べられている!
「わ、すごい!」
「そうでしょう、そうでしょう?ささ、お茶を淹れますからね。どうぞ温かいうちに召し上がって下さい」
「はい!わ〜〜、嬉しい!美味しそう!」
ベル様が美味しいと言ってた串刺しのお肉を、バクッと噛り付いてもぐもぐと食べると、肉汁が口の中で溢れてきて、目を見開いた。お、美味しい!!なんて美味しいんだ!牛肉っぽい味がするけど、これなんのお肉だろ‥。
もぐもぐと食べていると、レーラさんとベル様が私をじっと見ていたことにようやく気が付いた。
あ、あれ?
なんでそんなこっちを見ているの‥?
何か口の周りに付いてる?と、いうか、私ってばいつも家にいるようなノリで串刺しのお肉を食べちゃったけど、もしかしてマナー的にフォークとナイフで取り外してから食べるべきだった!?かあっと頬に熱が集まったその時、
「‥美味しいか?」
「へ?あ、は、はい!すごく美味しいです!!」
私の言葉に、ベル様はそれはもう嬉しそうに顔を輝かせた。
え、なんでそんなに嬉しそうなの?不思議に思いつつ、もぐもぐとお肉を噛んでいると、レーラさんが可笑しそうに笑って、
「一国の姫に串刺しのお肉を買うなんてって、さっきフィプスさんに言われてたんですよ」
「へ?」
「レーラ‥、全部言わなくていい」
お姫様だけど、私は平民のようなものだよ?
しかしいつそんなことを言われていたんだろ‥と、目を丸くしてベル様を見れば、耳先を赤くしたベル様が目を横に逸らし、
「俺は、その、平民だから‥。リニが喜ぶことが、うまく出来ない‥」
なんて言うから、私は口をあんぐり開けた。
なんで?!全然そんなことないのに!怖くないように手を繋いでくれたり、お祭りで楽しませようと早く帰ってきてくれたり、めちゃくちゃ気遣ってくれてるのに?
まだ湯気の出る串刺しを見て、
「私、自分が姫でなくても、こうやって美味しいお肉を一緒に食べられる方が嬉しいです」
「え‥」
「一緒に野菜に水をあげたり、話をしたり、同じ部屋で本をそれぞれ読むことが、私にとっては楽しいんです。何か特別なことじゃなくて、普段の生活をお互いに楽しめる方が大事です」
綺麗なドレスや宝石が欲しい訳じゃない。
そういうのも嬉しいけどね。でも、美味しいって思った物を一緒に食べて幸せを感じるのもいいじゃないか。
「‥逆に思ったんですけど、私こんなガサツな感じですけど大丈夫ですかね?」
「ガサツではない!それに、じゅ、十分、か、可愛‥」
ベル様が何か言いかけたその瞬間、テーブルの真ん中からお化けが顔をにゅうっと出てきて、私は思いきり叫んだ。だから!!なんでそんなホラーみたいな出現するんだよ〜〜〜!!!
美味しく食べられるって幸せよねぇ‥




