8番目、内緒話の夜。32
ふわっと、どこかでいい香りがする。
ご飯の匂いじゃなくて、なんだか甘い、高級なホテルのような匂い。えーと、これはどこで嗅いだことのある匂い‥じゃなくて、私はどうしてたんだっけ?
ユプスさんと同じお茶を飲んで、それからホカホカしてふわふわして、それで‥、それで?
ぱちっと目を覚ませば、ベッドで眠っていた。
「え?!」
目をあちこち動かしてみれば、まだ夜のようだ‥。
今何時!?それにこのベッドは私の天蓋付きのベッドではない、よね。もそもそと頭を動かして周囲を見れば、ベッドの横で小さな明かりが大きなソファーに腕を組んで寝ているベル様を照らしていた。
‥‥‥‥もしや私は人様のベッドで高いびきをかいていたのか?!
いくら夫婦(仮)だとしても、まだ2日目でこれってどんだけやねん私!と、ツッコミたいがあのお茶に原因があるような、ないような‥?うう、魔族の食べ物もよくわからないよ〜。ついでにお母さんに「なんでも口に入れるのやめなさい!」と言われた記憶まで思い出した。うう、恥ずかしい。
だけどなんで私、ベル様のベッドにいるんだ?
自分の部屋へ移動しようかと思ったが、確かユプスさんが私の部屋の窓をド派手に割って入ってきたな。‥あれか?ガラスが敗れているからこっちへ寝かせてくれたのかな?それなら客間のベッドにでも転がしてくれればいいのに。
とにかくベル様に声を掛けようと体を起こすと、
「‥起きたのか」
低い声がして、ベル様の方を見れば少し眠そうな顔をしつつこちらへやってきた。
「あのっ、す、すみません、私眠ってしまったみたいで‥」
小声で謝ると、ベル様が私をじっと見つめ、
「それは大丈夫だ。体調はどうだ?」
ベル様も小声で話してくれて、ちょっとくすぐったい気持ちになる。
普通に話せばいいのに、真似してくれているのか、それともレーラさん達を起こさないように声を潜めているのか‥。どちらにしてもなんだか面白い。だけどその前に現状確認だ。
「体調は大丈夫です。あの‥私は酔ってしまったんでしょうか?」
「ああ、魔族にとってはただのお茶なんだが、人間は酔ってしまうそうだ」
「ええ!?じゃ、じゃあ私、お客さんがいらしてたのに酔った上に寝てしまったんですか?」
「ユプスにはちゃんと説明しておいたから大丈夫だ。それに知らなかったのは別に悪いことじゃない」
そうなの?かなり失礼だと思うよ?
それに知らないと迷惑を掛けちゃうこともある‥。
申し訳ない気持ちでベル様を見つめると、眉間のシワは今はすっかり消えていて、ちょっと困ったように小さく笑った。
「‥知らない土地で、知らないものに囲まれているんだ。少しずつ知っていけばいい」
「でもご迷惑をお掛けして‥」
「それは、俺の方だ」
「ベル様は別に何も迷惑を掛けていないと思いますが?」
「‥いや、それは」
私の言葉にますます眉を下げてしまったベル様。
なんでや〜〜〜、魔族ってば本当によくわからないよ〜〜〜。ともかくベル様は別に何も悪くないのだ。話題を変えよう!
「あの、今って何時ですか?」
「深夜だが、腹でも減ったか?」
「その辺は大丈夫です。ベル様は夕飯は?あ、その前に一度部屋に戻り‥」
「夕飯は取ったし、ベッドは大丈夫だ。リニが嫌でなければそのまま休んでくれ」
「で、でも‥」
「野菜の水やりもあるし、ゆっくり寝ておけ」
「水やり‥」
もしかして意外と楽しみにしててくれたの?
魔族で強いのに野菜を育てる趣味に目覚めたのかな?じわじわと嬉しくなって、ベル様に笑いかけた。
「明日の水やり楽しみです」
「そ、そうかっ」
「カボチャの苗が早く育つといいですね」
「そう、だなっ」
ベル様は急に眉間にシワが復活‥、かと思うと、眉を下げた。
表情筋が忙しいな。
「もう寝ろ。俺も寝る」
「‥はい。あの、ベッド取ってしまってすみません」
「大丈夫だ。明かり、もう消すぞ」
そう言うと、ベル様が毛布を顔の半分まで上げてポンポンと優しく叩き、枕元の明かりを消してくれた。魔族優しい‥。ちょっと感動しながら私も目を瞑って、
「あの、おやすみなさい」
小さく呟く言うと、暗い夜の中、
「‥おやすみ」
低く、静かに優しい声が挨拶を返してくれた。
ただそれだけなのに胸の奥がそわそわして、きっとまだあの酔っ払ってしまうお茶が体に残っているからかもしれない‥と、思いながら今度こそちゃんと眠りについた。
お酒は最初の一杯が最強に美味しい。
(はずなのにぐびぐび飲んでしまう‥)




