32.思い出作り11
「いただきます。」
今日の夕飯は、私と父だけでなく、加代子さんと敏さんも一緒だ。敏さんは加代子さんの旦那さんだ。彼も魔導師である。しかし、虫を倒す程度の力しか持っていなかったので、それを商売にしようと考え、害虫・害獣駆除の会社を立ち上げ、今も会長としてバリバリ働いている。敏さんは魔導師の仕事を商売にした第一人者である。因みに敏さんも私と父が魔導師と知る一人です。
今日は、すき焼き!(冨久岡に行く私へ、)この牛肉は加代子さんと敏さんからのプレゼントです。おしゃべりをしながら食事を楽しんでいると、ほろ酔いの敏さんが
「摩椰様のところで2年修行するって、本当にすごいね。正敏くんが摩椰様のところに修行に行ったのは、高等学舎に入ってからだったっけ?とにかく、戻ってきた時に、もう2度と行きたくないって泣きながら言ってたのを思い出すよ。」
と言って笑っている。加代子さんが、敏さんの肩を思いっきり叩き、
「ちょっと、今から修行に行くこのはさんの前でそんなこと言わないの!」
と注意をした。そう。私の曽祖母、芦屋摩椰(102歳)がいる大本山の修行はとても厳しいことで有名だ。その修行に参加できるのは魔物を倒せる力を持つ選ばれた者だけしか受けることができないのだ。私の曽祖母摩椰は、身体だけでなく、口も達者で、高齢であるにも関わらず今でも第一線で戦える化け物なのだ。そんな化け物から指導を受けるのだから、私もそーとーな覚悟をしていたのだか、父がそんな事を言っていたと聞くと話は変わってくる。私は父に
「え?それ聞いてない。」
と尋ねると、父ではなく慌てた敏さんが
「冗談!冗談!」
と言っている。加代子さんも
「ごめんなさいね、この人酔ってて。冗談なのよ。」
とフォローしているが、フォローすればするほど、私は不安になり、
「で、父さんどうだったの?」
と尋ねた。父は、
「同時の僕は怠けること、楽することばかり考えてたんだ。修行もよくサボってたし。そもそもこのはと修行に対するモチベーションも違ってたから、そりゃ大変だったよ。毎日が地獄でさ。でも、このはは違うだろ。幼い頃から毎日僕と真面目に修行して、私の仕事の手伝いをして、魔導師として大きな力を持つことの責任感も持っている。そんなこのはに僕の情けない話を聞かせる必要もないだろ。このはなら大丈夫だよ。」
と言って笑った。そして
「頑張っておいで。」
と言って微笑んだ。すると、敏さんが
「そうそう、このはちゃんなら大丈夫!」
と言って酒をぐびっと呑んだ。




