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100/236

100.春休み・(バスの営業所での魔物退治その後①)

「庵主様!お嬢さん!ご苦労様でした!」

と先程私達とすれ違った時にお礼を言ってくれた騎士が金網を乗り越えてやってきた。そして、

「ありがとうございました。見事でした。」

と言って頭を下げました。師匠は

「怪我人がでているんだろ?私達のことはいいから業務に戻りなさい。」

と言った。そしてキョロキョロと辺りを見回した。すると

「智之は気が利くね。」

と言って私を見た。私がえ?っという表情をしたことに気がついたのだろう、続けて

「このはは、この金網を又、登りたいのかい?」

私はすかさず

「いや、もう結構です。」

と苦笑いした。




「ごめんください。」

それから数日後(バスの営業所での魔物退治の時に私達にお礼を言いに来た)騎士が尋ねて来た。私は彼を茶の間に案内すると、師匠がすぐにやってきた。私はお茶を用意するために席を立つと、師匠にここにいるように言われ、師匠の隣に座った。騎士は

「先日はありがとうございました。お嬢さんにはまだ自己紹介をしていなかったね。私は安元といいます。この地区の騎士団長をしています。」

と挨拶をした。私も、

「芦屋このはです。よろしくお願いします。」

と挨拶を返した。私達の挨拶が終わると師匠は

「安元さん、ご用件は?」

と尋ねた。安元さんは

「はい・・。すみません。今日はお尋ねしたい事がありまいりました。庵主様は阿部明晴あべあきはるをご存知ですか?」

と尋ねた。師匠は、

「あぁ、知ってるよ。でも随分前に亡くなっているよ。」

と答えた。すると安元さんは

「彼について知っていることを教えてください。実はこの前自害した男が彼の自画像と、彼が書いた本や、経典のような物を多数持っていまして。それで彼について調べているところなんです。」

と言った。師匠は、

「明晴は魔導師としての実力やセンスは私よりもずっと上だった。私は生まれも育ちも冨久岡で、ここ、高尚院で幼い頃から修行をしていたんだけどね。私は15、6になった時に彼が帝都からこっちに来てここで一緒に修行をしたんだ。20くらいまでかな。私達は同い年だったから私は彼に勝手に対抗意識を燃やしてたよ。私が1ヶ月かけて得た術も彼は2、3時間くらいですぐにできるようになるんだ。悔しいったらありゃしないよ。でも彼はとにかく修行が嫌いな人でね。よくサボって師匠に怒られていたね。彼が帝都に帰ってからは年賀状のやりとりくらいしかしなくなつたんだけど、彼が40くらいになった時かな。彼が教祖となって陰陽教とい宗教を始めてからは年賀状の返事すら来なくなって、プッツリと交流はなくなったんだよ。その頃、私はこの寺を継いでいたし、その事を彼が知っていたから勧誘はされなかったけど、私達の共通の友人らは彼に入信する様に熱心に勧誘されたらしいよ。ところで今も陰陽教ってあるのかね?今、その話をされて思い出したよ。」

と言うと安元さんは

「いえ知りません。初めて聞きました。あっ、ひ孫のこのはさんは確か帝都からいらっしゃったんですよね。陰陽教って聞いたことありますか?」

と尋ねた。私は

「いえ。私は初めて聞きました。ただ私が勉強不足で知らないだけかもしれません。」

と答えると、安元さんは

「そっか。」

と答えた。すると師匠は、

「仕方ないよ。宗教に関心がある中学生なんてそうそういないよ。」

と言った。




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