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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

手を繋ぐ

作者: 月蜜慈雨



 ふと、教室で君を見つめる自分に気づく。

 今日は、雨が窓を打ちつけていた。その窓に反射して映る君を、いつまでも眺めている自分がいる。

 雨粒がその姿を揺らす。そのたびに言語化できない胸のざわめきが起きて、視線を外せない。



 俺は無口な方だ。話題を振られれば話すが、自分から語ることをあまりしない。

 友達も少数ながら居て、それなりに楽しい学校生活を送っていた。

 そんな俺には、誰にも言えない細やかな秘密があった。

 それは、クラスメイトの小椋海斗に淡い恋をしていること。

 小椋海斗は俺とは違って、クラスのムードメイカーで、人気者だ。

 小椋と友だちたちがはしゃぐのを教室の片隅で聞くのが、精一杯の楽しみだった。



 今年の6月は、上旬は寒くて冷え冷えとしていたのに、下旬は蒸し暑くて雨がジトジト振っている。

 まるで雲が泣いているかのようだ。

 本格的な梅雨の始まりかもしれない。

 今日はなんとゲリラ豪雨に合い、俺は学校の玄関口で途方に暮れていた。

 ジリジリと湿度が肌に炙られて、思わず汗が滲んだ。

 折り畳み傘はちょうど忘れて、降り止むのを待つか、と諦めていると、声をかけられた。


「俺傘あるけど、入る?」


 振り返ると、そこには折り畳み傘を持った小椋海斗が立っていた。

 俺は少し戸惑い、言った。


「いや、いいよ。悪いし、どうせゲリラだろうから止むまで待つよ」


 小椋海斗は俺の言葉に苦笑して言った。


「ゲリラじゃないと思う。あと二時間は振り続ける予定だ」


 慌ててスマホの天気予報を見ると、確かに降水確率があと2時間70%だった。


「え、やば」

「な、そうだろ。だから入ろうよ」


 俺は小さく高揚するのを抑えながら、返事した。


「それじゃあ、お言葉に甘えます」


 小椋は少し身を乗り出すように傘を差し入れてくれた。

 微かに触れた肩先に、俺の心臓が跳ねた。

 不思議だ。隣に普段ほとんど絡みのない小椋海斗がいる。幸いなことに小椋が持っていた折り畳み傘は大きくて、2人でも充分雨に濡れずにすんだ。

 靴底の冷たさが背筋まで浸透して、脳を冷やす。

 雨がアスファルトを打ちつける音が激しく聞こえる。

 小椋は少し声を張り上げて言った。


「佐原は家帰ったら何してんの?」


 俺はびっくりして、違う返しをしてしまった。


「小椋俺の名前知ってんの?」


 小椋はそんな俺に、呆れた顔で返した。


「クラスメイトだろ。当たり前だよ」


 俺は違うけど、小椋くらいになると、接点のないクラスメイトの名前も覚えているのか。俺は小椋のことについて知れた気がして嬉しかった。


「普通にゲームとかしてゴロゴロしてる」

「俺も部活ない日は、そんな感じだわ」


 小椋は快活という言葉にピッタリな笑顔で言った。


「ていうか、俺らタメじゃん。名前で呼んでいい?」

「え、いいけど」

「やった」


 何が嬉しいのか分からないが、小椋は嬉しそうだった。そんな小椋を見て、俺もなんだか嬉しくなった。


「渚っていい名前だよな」

「そうか?海斗の方がいい名前だと思うけど」

「気づいちゃった。俺たち海が名前に入ってる」

「本当だ」


 俺は小椋、海斗と普通に会話出来ることが不思議で仕方なかった。そして、これが海斗と2人で話せる最後の機会だろうと思った。

 海斗はスクールバックをぶん回し、屈託なく笑う。

 その笑顔だけで、世界の色が少し明るくなる気がした。



 雨音がアスファルトを激しく打ちつける中、俺たちはそれに負けない大きな声で話した。

 まだまだ雨が激しく降りしきる。

 それなのに、俺が最寄りの駅まで、小椋は傘を差し続けてくれた。




 その日から、なぜか海斗は俺と学校で喋るようになった。友だちは急に仲良くなった俺らを不思議がっていたが、理由は言えなかった。自分の宝物したかったから。

 また、隣で下校したい。同じ機会を伺う浅ましい自分に気づいた。天気予報を見ては、雨の予報がある日は心が踊って、小細工にも程があるが、折り畳み傘を持って行かなかった。

 そして、ついにその日は来た。



 その日も、土砂降りの雨だった。

 海斗は傘入る?と言ってくれた。俺は笑って頷いた。

 2人で並んで歩く。肩が少し雨に濡れて、それが湿っているのに、ちっとも不快じゃなかった。

 不思議なことに海斗と居ると俺は口数が増えた。



 ふいに、海斗が止まって、黙って俺を見つめる。

 俺は不思議に思ってそれを見返した。

 海斗の目は綺麗だ。すこし薄茶色の瞳が俺の姿を反映している。

 海斗の傘を掴む手が強くなった気がした。

 海斗が言葉を探すように、視線を彷徨わせて、震える声で言った。

 手の中の傘が、微かに震えた。


 雨音だけが、2人を包む。


「渚、俺、渚のこと、好きなんだ」


 一瞬、頭が真っ白になって、口元があの形になった。ようするに唖然とした。

 海斗が俺の顔を見て、目を背ける前に、俺は海斗の腕を掴んだ。


「お、俺も、海斗のこと好き…」


 語尾が消え入りそうで、雨の音に負けてしまいそうだ。でも海斗にはしっかり届いたらしい。海斗はぱっと顔を輝かせて、


「ほんと?」


と、言う。

 雨音は次第に弱くなり、俺たちは傘を畳んだ。

 俺は、不安になって言った。


「ほ、本当だよ。そっちこそ、嘘告とかじゃないよな」

「そんなわけあるかよ」


 海斗はすこし不満そうに眉をしかめて、そう返した。

 そして海斗がしみじみと、俺たち両思いなんだ、と言って噛み締めるように、両目を閉じた。

 海斗のまつ毛の影に俺は胸がドキドキした。




 渚、と海斗が呟く。

 その声は眠るときに数える羊のようなトロリとした穏やかさを含んでいた。

 海斗の切れ長の目が俺を一心に見つめる。

 それに少しばかり恥ずかしくなって、でも逸らしたくなくて、重たい瞼を一生懸命上げて、俺も海斗を見つめた。



 今日の天気予報は晴れだったが、急な雨は突然やってくるものだ。恋もまた、そうなのかもしれない。

 まだ、曇天な空だが、もう雨は降っていなかった。

 でも、海斗の瞳だけはまるで雨のように涙を流していた。

 俺はそれを出来る限り優しく拭った。

 本当はハンカチでも持ってれば良かったんだけど、そんなものは持ってないから手で。



 海斗が静かに泣いていると、俺も泣きたくなってくる。

 俺は涙を一粒、溢した。

 それもきっと、また雨の一部なんだ。

 見つめ合いながら、お互いの距離を測っている。

 やがて、指先が触れた。そのまま手のひらを押し合うように合わせた。

 海斗が囁く。


「俺たち、もうずっと前からこうしていた気がする」

「俺も」


 俺の返事に海斗は微笑んだ。

 そして、雨の匂いに包まれながら、俺たちはそっと、手を繋いだ。




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― 新着の感想 ―
綺麗なBLですね(#^.^#)
月蜜慈雨さま、おはようございます(*^^*) 素敵な空気の作品を読ませていただき、どうもありがとうございます♪ 自分は雰囲気というか、物語や人物達の気持ち、空気を感じさせてもらえる世界が好きなのです…
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