異国の姫は和風の国へ嫁入りする……ただし、が付くけれど
この日のために全て片付けた。
生まれた時からの幼馴染であり、従者でもある男に呼ばれる。
「もう時間?」
「ああ」
従者のノライレルはこんなところ、と言わんばかりに不機嫌だ。
確かに、こちらも同じ気持ちだった。
今日は大事な日らしい。
生みの親、王に会うのは初めてだった。
母には会ったことはない。
けれど、一度だけ手紙を送ってみたことがある。
今後、送ってくるなと遠回しに書かれていたので鼻で笑った。
そこまで自分と、関わり合いになりたくないらしい。
返事には「そちらからも擦り寄ってくるな」と遠回しに書いておいた。
自分の姉妹や兄弟についてはよく知らない。
兎に角、いじめてきたりするやばいやつらという認識しかない。
城では使用人部屋とあまり変わらない部屋を、与えられていた。
ベスチェリカは、王が気まぐれに手を出した、当時城の侍女として上がっていた母らしい。
又聞きに過ぎないから本当かどうかも知らない。
知る意味を感じないので調べてない。
手紙の内容で、何かをする気は無くしていた。
「全て回収したから、こっちもいつでも出られる」
男、従者に答えると新調もされてない服を着たまま立ち上がる。
多少リメイクはされているが。
「行こうか」
王のいる場所におざなりに案内され、適当に済まされる。
そこにいたのは五分もなかった。
言われたことはすでにこの国の籍は消したということ。
この国に戻ることはまかりならないということ。
やっぱり放逐してきたか。
予想していたので、驚きもない。
淡々と終わるやり取りに、グレードの低い馬車。
船に乗せられて、渡る。
安そうな人を雇っていた。
どこかで使われるはずのお金が横領されている。
一応なけなしのお金は持たされた。
名目は和国の嫁入りらしい。
ちょっと怪しい。
全く繋がりのなかった国なのに、急に姫を一人送りつけることに。
なにを要求されたんだろう。
「昔、貸しができるようなことがあって、それを返せと言われたそうだ」
ノライレルが訳尻顔で言う。
ベスチェリカは、ふうんと全く興味を惹かれず答える。
「本当に嫁入りするのか、怪しいよね」
小さな玉をくるくる回して、眺めた。
「それを向こうに設置するのか?まだどんなやつらか知らないのに」
これは、水洗玉。
魔法を使い、作った水を綺麗に出来るもの。
今まで祖国の水飲み場に置いていたが、もう置いておく必要はないので回収した。
代わりに、失敗作を置いておいたので期限はあるが少しの間だけ水をろ過してくれるだろう。
選別というか、こちらの関係を知られてしまわない為。
仕方ない。
祖国、アフナー国の水が飲めたものじゃなかったから。
本当に綺麗な水は王族が飲めるのであって、端にひっかかっているような姫に、もらえるものじゃなかったから。
これなら、平民の方が自由に動けて羨ましいと何度も思った。
今はもう籍は抜かれて無くなっているので、平民だ。
平民を和国に嫁がせても、向こうも困る。
ベスチェリカはただちに、あちらに着いたら適当に暮らすつもりだ。
なんなら、向こうの国に行って他の国に移動したっていい。
「着くぞ」
ノライレルに声をかけられて、向こうを見た。
向こうには誰も待ってなかった。
嫁入りなのに誰も居ない。
普通に可笑しい。
けれど、舞い戻ることは許されないだろうし、降りた。
やはり、誰も居ない。
ベスチェリカは溢れ出る喜びを出した。
迎えは来ない。
向こうも、自分を迎えるつもりはないのだ。
ということは、もう自由だ。
平民だから、嫁ぐ義務も無くなっていたけどね。
「よし、行こうか」
「ああ」
「詳しいんだっけ、この国に」
「まぁな」
ノライレルはこの国のことを知っていると言っていて、頼りに少しはできそう。
一人の姫と一人の従者は、共に平民となった身で歩き出した。
*
歩くのが面倒なので、ボードを出した。
魔力で動くように作った。
凡そ八年の歳月を注いだ最新作。
この世界には魔力が存在しており、ベスチェリカはこの世界からすると異世界人という、珍しい存在だった。
このボードに乗れば、あっという間に移動が楽になる。
ノライレルも二つあるうちの一つに乗ると二人は進む。
移動速度は遅いが、座ったり寝そべることも出来るのでまっすぐの道ならば、最強だと思う。
「はー、やっと解放された」
「長年、まるで牢獄みたいな場所だったな。無くなればいいのに」
二人だけになったので不満を愚痴りあう。
互いに口は悪い方なのだ。
波長が合う。
「わかるわかる!無くなればいいのに」
「まあ、待ってれば勝手に滅びるだろ、あれは」
二人が国について語るときは大抵、語尾に「無くなればいいのに」が付く。
何度も何度もそれを口にして、亡国を望む。
彼と笑い合って、二人は漫遊を始める。
「誰かと語り合うのも積極的にしていかないとな」
そう遠くない時間、祖国は未曾有の事態に陥るのは確実であった。
それをつまみに語るのは、今後に取って置きたくもある。
美味しいものを食べて、漸く得られた自由に向かって前しかもう見えなくなっていた。
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