とある記者の手記 2
授業を受けてみて、この学院がこのような状態である理由はなんとなく理解することができた。
どうやら、世界を平和で穏やかに保っているのは女神の力なのは間違いないが、世界に悪い部分が生まれないわけではないらしい。
それでも清潔に保つためには、汚れたものを閉じ込めて蓋をしておくゴミ捨て場のような場所が必ず必要となってくる。それが、世界に何箇所か存在していて、その一つがこの学院であるらしい。
部屋を綺麗にするためにゴミ箱がいっぱいになるように、世界規模の皺寄せが何箇所かに集中している。そして、その処理ができるのが神聖魔法を扱うことのできる人間しかいないので、あわよくばその処理もさせよう。そんな目的で作られたのがこの学院である、と。
校内安全マニュアルの分厚さを見るに、ほとんど処理できていないようにも思えるが、一応処理できるものはちゃんと消滅するものらしい。つまり、この学院に残っている現象の大体は消滅させることのできなかった強いもの。消滅させる必要のない極端に弱いもの。原因不明故に消滅が不可能なもの。大まかにその三つに分けられるのだろう。
学院の役割は理解できるが、納得することはできそうにない。
入学から一ヶ月。ある程度安全マニュアルを覚えるのに時間をかけていたがようやく調査に手をつけられそうだ。まだ全部は覚えられていないが、頻出する徒花事案についてはしっかり覚えたので、恐らく生命に問題はない。
噛みつき薔薇も確認した。完全に薔薇の花の中心に歯が生えているだけの見た目だったので、これが人間だとはにわかには信じ難い姿だった。
先輩も、学院のどこかで徒花事案に変容していたらどうしようなどと恐怖が込み上げてくる。せめて安らかに眠れていることを祈るしかない。
人とはあまり関わらないようにしているため、徒花事案との遭遇についての不安は多いが、なんとかするしかないだろう。覚えていない先輩のために。
念のため先輩が生きていれば所属していたであろう三年生の教室を軽く見てまわったが、それらしき姿はやはり存在しなかった。
私自身が彼女(恐らく同性)の姿を覚えていないので、もしかしたら姿を見ても分からないだけという可能性もあるが、それは希望的観測でしかない。
姿さえ見ることができれば多少はピンと来るものだと思っていたけれど、そううまくはいかないらしい。単にまだ発見できていないだけだと思っておいたほうが精神衛生上良いので、上級生の観察は続けていきたいと思う。
あとは教員の隙を見て死亡者リストでも見ることができればいいのだが、肝心の先輩の名前を覚えていないのだから、もしかしたら確認しても意味がないかもしれない。
追記
手がかりになるかもしれないので、遭遇した徒花事案についてを記載しておく。
一年生の自習室にて自習をしている際、外から友達を呼びにきたのであろう生徒が入室した。
自習室の類はなぜか夕方以降の入室人数制限が存在しており、六人までが限界人数と決まっているのだが、入学して間もない一年生の集まる自習室だったからなのか、その意識もなく入室したのだろう。
部屋に七人存在する状態になった途端、放送室から放送が入った。確か内容はこうだ。
「『あなたはその声に聞き覚えがありません』の出現兆候が確認されました。個室に七人以上で集まっている生徒の皆様は、今すぐに部屋へ鍵をかけ、どのような声掛けが行われても部屋の扉を開けないでください。
青薔薇棟廊下Dに現在いる生徒は自習室C以外のお近くの部屋に速やかに入室し、廊下に滞在しないようにしてください。徒花事案の出現解消の放送が入るまで、決して部屋から出ないようにしてください。知り合いの声で部屋への入室を希望されても入れてはいけません。
『あなたはその声に聞き覚えがありません』の出現まで残り三分……放送を繰り返します……」
学院のルールには絶対に理由があることは理解していたので即座に安全マニュアルを確認すると、この徒花事案は七人以上が青薔薇棟の部屋に存在する状態だと、まず獣の足跡が廊下に現れる。
これを出現兆候として五分後に本体が出現。部屋を訪ねてまわって、部屋に入ることができるとその部屋の人間を上手く隠れた一人を残して食べてしまうらしい。うまく隠れているか、あるいは六つ分の食べ物を用意することができればそれを身代わりにできるらしい。
ただ、部屋に勝手に入ってくることはないので、部屋に招き入れさえしなければいいらしい。
廊下は監視カメラで監視されていて、出現解消され次第放送でもう大丈夫ですよ、と連絡が入るようになっている。
マニュアルで見るのと実際に体験するのとでは恐怖の度合いはかなり違った。
まず、廊下から大きななにかが歩いている重い足音が聞こえて、扉の前で止まった。
マニュアルを確認してなかったらしい生徒数人がうるさかったけれども、観察をしていると扉の向こうから声が聞こえてきた。
知らない女性の声だった。
けれど、きっと知っていたはずの声だった。なぜかそう感じた。
他の生徒たちには姉の声や母の声、軒並み大事な人の声で「帰ってきたよ、部屋に入れてほしい」というニュアンスの言葉がかけられているように聞こえているようだ。そういう徒花事案らしい。
そして最後に入ってきた原因の生徒と、その生徒が待っていたらしい生徒二人が慌てて扉に向かっていったのを他の生徒が抑える事態にもなった。
どうやら、数人のグループで自習をしている一人を迎えにきて、二人ほど廊下に残してきてしまっているらしい。その二人の声が廊下から聞こえているのだとか。「大きな獣がいる。怖い。早く入れて。助けて」という言葉で。
かなり卑怯な手を使う徒花事案だということだ。
声はかなり切羽詰まっていて、私に聞こえる声もだんだん「獣がいる。入れて、助けて」という声に変わっていった。
扉を開けずに、開けようとする生徒を押さえ込んで十分ほどすると、もう一度放送の音が鳴って「『あなたはその声に聞き覚えがありません』の出現解消の確認がとれました。七人以上の部屋は速やかに退出を行い、人数の調整を行なってください」という声が響き渡った。この隙に私は退出して、自分の部屋に戻ることにした。
冷静に振る舞うことはできたが、かなりの恐怖体験だったのは間違いない。本当にこんな生活が続くのだろうか。恐ろしいが、やると決めたからにはやりきらねばならない。この恐ろしい学院の真実を暴き、人々に伝えるために。




