雑魚キャラ
「勇者! 俺はお前を絶対に許さないっっっ!!!」
「殺す! 必ず! 必ずだ! 俺は必ずお前を殺すっっっ!!!」
「あああああああああああああああああああああっっっっ!!!」
……なんてことを言っていた時期が、俺にもありました。
――ここは、異世界フィリアリス。
魔法が存在し、人々がその恩恵を受けて生きる世界。まだ未開拓の地が多く、数多くの冒険者が旅に出ている。角が生え、翼をもつ獣人族や魔力を操る魔人族が存在し、人間と争っている。一説によれば、この世界のどこかに竜が存在するとも言われている。
ある時、そんな世界に、魔王が誕生した。
なんの前触れもなく誕生した魔王は、そのイメージ通りの生き方をした。次々と配下を増やし、軍を編成し、国を作り、世界征服を企てた。
しかし、人々が恐怖に喘ぐ中、異世界から勇者が現れた。勇者はその誠実な心と圧倒的な聖なる力で魔王の配下を次々と倒し、ついに、魔王すら倒して世界を救った。
そうして、異世界フィリアリスは平和になった。
……さて。
そんな世界で、俺が何をしていたかというと……物の見事に雑魚キャラな人生を送っていた。俺は、人間だったが、魔王軍の配下に加わっていた。理由は、簡単。人間が大嫌いだったからだ。
俺を見下し、馬鹿にし、苛め続けてきた人間共を滅ぼすため、俺は、人間でありながら人間と敵対する魔王軍として戦った。そんな人間は俺だけでは無く、人間に愛想をつかした人間が数多く魔王軍に加わっていた。
だが、魔王軍に所属しようがなんだろうが、雑魚キャラは雑魚キャラ。特に強い力を持たない俺は、やはり、魔王軍の中においてもバカにされた。人間が嫌いだから魔王軍に入ったのに、そのせいで、俺は魔王軍すら嫌いになってしまった。
それでも、魔王軍の幹部の一人、魔法薬学の権威者であるスイールト卿に気に入られた。
彼は、人間の世界で偉人として讃えられ、存命しているにも関わらず、聖王国の教科書に載り、歴史に名を残すほどの人物だ。彼の聡明な頭脳によって発明された薬により、根絶された疫病、救われた人々の命は数えれきない。しかし、その裏の顔は、魔王軍の幹部であり、人間共を滅ぼす魔王の手先だった。
そして、彼のおかげで俺は一時的に凄まじい力を手に入れた。スイールト卿からもらった薬を飲んだ俺は、体中から闇の力が触れ出し、空を飛び、岩を砕き、大地を割ることができた。
今までの俺からは考えられない絶大なる力。夢にまで見た、全てを破壊し、支配する力。
当然、ずうっと雑魚キャラ歴の長かった俺は有頂天になり、調子に乗った。俺みたいに今まで雑魚だった人間がいきなり強大な力を持つとろくなことにならない。俺は、無謀にも、たった一人で勇者のパーティーに戦いを挑んだのだ。
容姿に優れ、女の子にモテまくり、民から慕われ、世界を救うために旅をする選ばれし勇者に嫉妬しまくった俺は、その憎しみを糧として戦った。頭の中では俺が勇者をぶっ倒し、俺が魔王となり、俺が世界の頂点となる物語ができあがっていた。
だが……結果は、完敗。俺は、たったの一撃で、勇者に負けたのだった。
その後、ずっと、俺は病院で過ごし、さらにその後は、刑務所で過ごした。
魔王軍に加担した人間は問答無用で死刑だと国の法律で定められていたのだが、俺は雑魚過ぎるが故に誰も殺したことが無かったので、命だけは助けてもらった。
けど、物凄く大変だった。勇者に喰らった一撃よりも、その後の治療の痛みの方が数千倍痛かった。魔王軍の幹部、スイールト卿が俺に飲ませた魔法薬は、死の薬。強大な力を手に入れる代わりに、身体の細胞を全て破壊されるという恐ろしいものだった。
……要は、俺は実験台だったのだ。
結果として、聖王国の医療技術のおかげで、俺の体を蝕み続ける魔法毒は中和され、助かった。ただ、魔法毒が身体を犯す痛み、その中和をするために聖なる力が俺の体へかける負担による痛みにより、毎日毎日発狂していたその時のことは、二度と思い出したくない。で、俺がそんな風に苦しみ悶えている内に、戦いは終わった。
勇者は見事魔王を倒し、世界を救った。
魔王軍は、解散。世界に平和が戻り、人々は再び元の生活を送り始めた。もちろん、勇者への復讐を誓った俺の捨て台詞は、有言不実行のまま終わった。世界が平和になってからあっという間に年月が経ち、俺は釈放された。俺の身体は元の人間に戻り、罰を受けたことで罪を償い、一応、真っ新な身になることができた。
「……」
ただ、その時、俺は思った。あの時、あのまま、死んでいればよかったんじゃないか、と。だって、魔王軍に加担していた人間なんてレッテルがあるだけで、俺のお先は真っ暗だ。身体を治し、罪を償ったはいいものの、これからどうすりゃいいのか。
と思っていたら、そんな俺に、聖王国はさらにおせっかいを焼いてくれた。さすがは、神に愛されし聖なる国。慈悲深過ぎて涙が出てくる。
聖王国の制定した『贖罪済受刑者更生法』により、俺のように魔王軍に加担していた元犯罪者を更生させるため、世界各地で引き取り手を探すことまでしてくれた。
俺は、とある農場に送られ、そこで真面目に働きながら更生を目指すことになった。
朝早く起きて、牛の世話をして、放牧地の手入れや畑仕事をし、収穫物を馬車で街まで売りにいったりするという……しごくまっとうな生活を送ることになった。
……そう。
これは、世界を救う勇者の話じゃないし、胸躍る冒険の話でもない。
ただの雑魚キャラが、どうしようもない一人の人間が、前よりも少しだけマシになって、世界に感謝するだけの話だ。