5.
修学旅行二日目は、水族館兼遊園地のアミューズメントパークだ。これから先、一部の生徒は行くことがないかもしれない。今までに行ったことがない生徒も多いという。ちなみに、吹は後者のひとりだ。
内心はわくわくしている。バスから見える観覧車がどんどん大きくなるにつれ、どきどきと鼓動も大きく早くなる。天候に恵まれ、青い空に楽しさを演出する鮮やかな色がよく映える。
立地は宿から離れているため、到着は十一時前の予定。早めの昼食として、パーク近くの小料理屋でお膳を味わい、その後にパーク内で自由行動だ。パークから出なければ何をしてもよいこととなっている。なにをするか、昼食をとりながら楽しそうに話す生徒がほとんどだ。昼食の時間も笑顔が絶えず、口に運ばれていく食事は会話のお伴になっていた。
バスを降りてゲートを通ったその瞬間から自由時間が始まる。普段は縛られた空間にいることの多い生徒たちは、日々の閉鎖された空間から解放されて気持ちがよさそうだ。いつもこんな顔をしていればいいのに。
すぐに自由行動ということは、吹も誰かと行動しているふりをするのではなく、最初から一人で行動できる。同じ方向へ向かう人が必ずいるからだ。温泉観光地でどこかにくっついていたのは、先生から怪しまれないようにするためだった。
さて、向かいたいのは水族館。じっくりと水槽を見て回りたい。生徒たちの向かう先は遊園地半分、水族館半分といったところか。川が分流するように、ぱっくり二つに列が分かれていく。吹の目的は水族館だが、他の生徒たちが遊園地を楽しむ様子を観察したい、という気持ちも実はある。帰ったら生徒たちの今のような自然な顔を見ることはできないだろう。ジェットコースターに乗ったときの反応やおばけ屋敷に入った後の表情。今まで見たことがないもののはずだ。
そんなことを考えながら、水族館をゆっくり見て回る。イルカショーを見て、ペンギンのお散歩を見て、くらげやチンアナゴを眺めて、しろくまが顔を出さないか待って。数人のグループが会話しながらいくつも通り過ぎていくなか、吹の周りだけは独りの時間がぐるぐるまわる。カワウソとの握手が休みだったのは残念だ。
ゆっくりと見てまわったこともあり、広い施設内を一周し終えたときには、想定したより時間が過ぎていた。それでも集合時間まであと一時間半ほど残っている。友人と一緒に行動していれば、残る時間などなかったかもしれない。カフェでお茶を飲もうとは考えていたが、それにしては少し長すぎる時間だ。おみやげ屋に行きたいとは思わなかった。購入したいとすればぬいぐるみ。だが寮に置いておく場所が思い当たらない。お土産としては定番のおかしやキーホルダーも、食指が動かない。家族へのおみやげ何にしよう、と話しながら目の前を通り過ぎる生徒もいる。残念ながら、吹にはお土産を渡す相手がいない。
カフェコーナーには、水族館にいる生き物をモデルにしたかわいい食べ物が揃っている。メニューの看板を見るだけで楽しくなってしまう。ちょうど喉が渇いていることもあり、ブルーソーダフロートを選ぶ。メロンソーダをかき氷のブルーハワイ味にして、アイスを乗せ、ペンギンやしろくまに見たてたクッキーやチョコで飾られているものだ。自分には似合わない代物と思ったが、ここでしか食べられないとなると食べないともったいない、と限定という単語に天秤が傾いた。
お待たせしました、と笑顔で渡されたそれは、きらきらと輝いている。看板の写真のとおり、とてもかわいい。ストローで液体を吸ってしまうと上の動物が崩れてしまいそうだし、先にペンギンたちを食べるのも気が引けて、どこから食べていいものかとても悩む。結局アイスが溶けてきたので、アイス部分からいただいた。きん、口に響く冷たいアイス。青い液体に白いアイスが混ざっていく。ぱちぱちと炭酸の弾ける音は、まわりではしゃぐ生徒たちの声そのものだ。
青い空から降り注ぐ光と、ブルーソーダがぱちぱちと弾ける音。少し早いが、夏らしい景色だ。ソーダを飲みながら足をぶらぶらさせて、外の景色を見る。遊園地のアトラクションが目の前にどんと待ち構えていた。天気がいいため、観覧車に乗ってみるのはいいかもしれない。遊園地に出向くつもりのなかった吹は、浮かれた表情をする生徒たちに背中を押され、遊園地の方向へと足を向けることにした。
きゃー、という声が近くなる。こういう声が出るとすると、ジェットコースターか、コーヒーカップか。お化け屋敷から外へ絶叫が聞こえることはないと思う。
すれ違う子供が父親の手を引き、指をさしながら向かうのはゴーカート。他の生徒が並んでいるのは絶叫系が多い。
ひらり、となにかに目が引かれた。
辺りを見回すと、ふんわりしたワンピースに身を包んだ少女が園内地図の前に立っている。まるでお人形さんのように整った顔立ちと衣装だ。今は“かわいい”でも、年月が経てば“美しい”になること間違いない。だが人を寄せ付けないなにかを放っている。こんなにかわいい少女が一人にされていることを心配に思い、歩いている途中にあったベンチに腰掛ける。どうすれば挙動不審に思われないか、悩む必要はなかった。すぐに男性が駆け寄ったのだ。怪しい男とは思わなかった。慌てた様子で近寄り、心配したように問いかけている。少女が男性からさされた日傘の影に当たり前のように入っていることからも、赤の他人ではないと判断できる。嫌なかんじはない。まるで主人と従者だと思った。
心配いらないと判断し、吹は最初の目的である観覧車へと再び向かうことにする。だんだん近くなる車体が、早く、と呼んでいる。よく見ると、車体のなかに透明のものが四つあることに気づいた。足元までスケルトンのものだ。高いところからの景色を三百六十度楽しめるのは嬉しい。進もうとすると、さっきの少女と男性はすでに吹の先をいっていた。メリーゴーラウンドに乗ろうとしている。これに乗りたい、と少女は白い馬を選んでいた。
あ。
男性にお姫様抱っこしてもらって、乗せてもらっている少女。そのときの顔は、さっきのお人形さんの顔でなく、頬に少し紅が入って乙女の表情だった。少女は一礼して離れようとする男性の手を離さない。仕方ない、という顔で苦笑した男性は、そのまま動き始めたメリーゴーラウンドで一緒にまわっていった。ちょうど、アトラクションを通り過ぎるときに少女が目の前に来た。少女でもちゃんとした“女の子”の顔だ。一緒に男性も視界入る。
あれ。
気のせいか。見た顔だった。でも、恰好が……。
今朝のあの人は、スーツらしきものを着ていた。でも今は、シャツにジャケット、パンツ姿というラフな格好。上げていた髪も流している。見た目は違うが、記憶を辿れば辿るほど、あの人だと確信が強くなる。
今朝はまるで執事だったのに。
え、執事?
そういえば、少女と男性の関係を最初、まるで主人と従者と思ったのだ。もしかして、もしかする?
混浴での出来事を話していた人たちによれば、あの人たちは今夜もあの宿にいるらしい。わざわざ探る真似をするつもりはないが、もし会ったらちょっと、見てみようと思った。
看板前に立つお嬢様に心から安心した。あれがほしいと買い物を頼まれ会計をしている途中で離れてしまったのだ。主人から目を離すなど、仕事としては減点であり失格だ。とはいえ、本来の主人は少女の父だ。すぐ見える場所にいてくれたことには感謝する。お世辞なく愛らしいお嬢様だ。怪しい趣味の人間に声をかけられることは簡単に想像できる。近くにそういったことをした、しようとしていると思われる人間がいないか、目だけを動かして確認する。向こう側を歩く家族、どこかへ向かう女性たち。ベンチに座る女性。
あれ、とすぐに気づく。この子は、今朝仲間に羽織を返したあの子じゃないのか?
学問柄、といえばいいのか、人の顔は覚えるようにしている。というか覚えてしまう。
あの子は……そうだと思う。
思いながら、お嬢様にもあの子にもなにも感じさせないそぶりでお嬢様に日傘をさす。看板の前に立っていたのだ、行きたい場所があるか尋ねると、メリーゴーラウンドと返ってきた。移動はすぐに開始。お嬢様のお願いは命令だ。してはいけないこと以外は、ほぼ従う。「乗せて」「お姫様抱っこして」「ここにいて、手を握っていて」。普段からそうやってご家族に甘えればいいのですよ、と言いながら一緒にまわっていく。笑みは絶やさない。二回転した頃に、さっきのあの子とすれ違った。お互いに目が合ったと思う。そして直感した。あの子もこちらを認識した、と。会ったのは朝の一度きり。そして今とは服装も違うというのに。
あの子は、何者なんだ?
別のところから、メリーゴーラウンドに美しく乗せてもらう少女を見ていた人がいる。あんなふうにエスコートしてもらいたい、ほぅ、と頬を赤らめるその人たちは、吹と反対側にいた麗華たちだ。また会うことになるとは思っていないだろう。この人は混浴にはいなかったが、今朝の人と同一人物だとは思っていない。
でも、一人、またと言ってしまった人間がいる。この子たちにとっては、よかったのかもしれない。
スケルトンの観覧車に乗ろう。専用の列に並んでいた人のなかには、同じ学園の生徒がいた。吹の前に並んでいる。車体に乗るとき、案内の人に同じグループの人と思われて「どうぞ~」と笑顔で案内された。すぐに違いますという意味を込めて首を振る。一瞬案内の人の顔が引きつったが、では次のときに、とすぐに切り替えて一般の人への案内に移った。前に乗っていった生徒たちも、否定する気まずい言葉を発せずに済んで安心していると思う。
九十度まわって順番が来たスケルトンの車体にひとりで乗り込む。ひとりで乗っているおかげで、見える範囲が広い。いい天気で、海も空も青い。でも同じ青ではない。色の名前を詳しく知らない吹は、二色の青を別の名前で表現することはできない。ただわかるのは、違う、ということだけ。九十度前を進むあの子たちも、同じ景色を見ているはず。ただ人数が違う。誰かと一緒に乗っているという点だけが違う。誰かと一緒に乗っていたら、景色は同じでも気持ちは違うのか。なぜか今日はそんなことを考えてしまう。自分が今の状況を選択したのに。早朝、久しぶりに長い会話をしたからだろうか。それとも、足元に見える小さな遊園地に何人もの人影があって、単独行動の人がいないからだろうか。
考えるのはやめよう、せっかくきれいな景色を臨んでいるのだから。そう思っているのに、目は細まってだんだん霞んでいく。
帰り道。もっと幼い子供なら疲れて眠りこけているだろうが、テンション高まる女子生徒たちの会話が滞ることはなかった。何に乗った、何を見た。あれを買った、誰に買った。男の人に声をかけられた、あそこにいた案内人がかっこよかった。そんな会話が飛び交っている。楽しそうでなによりだ。そんな吹自身、とても楽しんだことは事実だ。
帰る先は同じ宿。同じではなく、行き先から近い高級ホテルに宿泊すればいいものを、そうしないのには理由があるらしい。どの年も宿泊先は違えど日によって変わることはないと聞いた。学園長と懇意にしているホテルグループをぐるぐるまわっているというコネの問題、ホテルのチェックインが面倒というなんとも小さな問題、生徒にいくつかのホテルを比べられたくないというやはり宿泊先への配慮の問題、一か所で落ち着いてほしいという生徒への心遣いの問題。感想を言い合うのを聞いて宿へ伝えるため、とかもある。どれが正しいのかは誰も知らない。とにかく、少々パークから遠い、あの宿へと戻っている。
今夜の夕食は、昨晩の囲炉裏の部屋で、高級肉のしゃぶしゃぶまたは焼肉だ。高級なお店だと、店員が一人分ずつ煮たり焼いたりしてくれる。だが今夜は自分でしゃぶしゃぶをする、または肉を焼くのだ。この人数分を行うには従業員数が足りないのもあるが、生徒がきゃっきゃと楽しめるのは、自分でやるほうだ。自分で、というのはここの生徒には当たり前のことではない。一種の自由になる。
実際、あれだけ遊んだのに、夜もこんなにはしゃげるんだな、と吹は感心したくらい、楽しい声が藤の間を占めていた。焼肉を選んだ吹は、自分でやるという行動より、焼肉そのものが楽しみでじっくりと鉄板を見つめて、からし、塩など好きな薬味をつけて、肉自体の味をじっくり嚙みしめた。しゃぶしゃぶよりも、焼いたときの脂の香りが鼻をくすぐる。しゃぶしゃぶの鍋からもよい香りがするが、出汁の香りが強い。肉そのものの香りと、ほんのり焦げくささがあるのがいい。口に入れたときの柔らかさとあの弾力がいい塩梅でたまらない。噛むごとにじゅわっと出てくる肉汁が口の中に広がり、熱さもあいまって、うまみをより感じさせてくれる。
幸せな時間は、すぐに過ぎていく。いくつも新鮮な生野菜を焼いていただいたのにもかかわらず、いつのまにかなくなっていた食べ物に、とてもがっかりした。
食事を終えた生徒たちは、固まって動くことにより他の宿泊客を邪魔することのないよう、いくつかのグループに分かれ、少人数で部屋へと向かう。誰が指示したというわけではない。
食事の後はまた自由行動。本当は宿内にいなければならないが、こっそり外へ出ても目を瞑ってくれるというのを先輩が話しているのを聞いた。事実、挙動不審な行為をしている生徒のグループがいくつかある。ああ、外へ出るな、と傍からばればれだが、目を瞑ってもらえるというのは本当のようで、先生たちは声をかけることはしなかった。きっと、戻ってきたことだけは確認するのだろう。
あの麗華のグループが食堂を出ていくとき、離れて後ろについていった。たまたまタイミングが一緒だっただけなのだが、麗華の存在は大きく、彼女のオーラで吹の存在が隠れるため、よく彼女をうまく使っていた。
人を利用していたのがよくなかったのかもしれない。前では食事の感想や今晩の自由時間について話し合っている。会話に入らない吹は回りを見ながら歩く。そして、あ、と吹は気づいた。でも会話に夢中の彼女たちはまだ気づいていない。前からあの人たちが歩いてきていることを。
スーツではなく浴衣姿で、髪を上げてセットしているのではなく、おろした状態で。年齢相応の様子で楽しそうに会話している。
ちょうど彼女たちとすれ違ったときだ。麗華が「あ」と高い声をあげた。すぐに振り返った麗華は、
「お待ちください!」
と声をかける。相手も「ん?」と振り返る。瞬時に、
「昨夜は、ありがとうございました」
麗華が頭を下げると、まわりの人もありがとうございました、と頭を下げた。
「その……混浴では、助けていただいて」
吹は知らなかった。混浴で彼女たちを助けたというヒーローは、この人たちだったことを。人数からしてこのなかの数人だろう。
「昨日話してた子たちか?」 この人が“あの人”だ。
「はい、その女性たちです」 一人が答えた。
「女性だなんて」
女の子、とか、女子、ではなく女性と言われたことを麗華たちは嬉しそうにしている。
「おっさん退治しただけだから、気にしないで」
「ああいう人、どうしてもいるから気を付けてね」
元気ではきはきした話しやすい雰囲気の男性と、柔和な笑みを絶やさない優しさ溢れる雰囲気の男性。
うんうん、とうなずいている人がもう一人。質問に答えた彼だ。二人とはまた違って、真面目に首を上下させている。男性にこの単語は嫌がられるかもしれないが、愛嬌がある顔立ちだ。
この三人が、混浴で出会ったという人たちか。そしてあと二人。一人はメリーゴーラウンドで少女に付き添っていた“あの人”。今、吹は麗華に隠れる形でしか存在していないうえ、一瞬しか見ていないのに、あの人、いや、この人は、吹の視線に気づいてしまった。大人っぽさがあり、この全体をまとめているのか、頼もしさがある。小さく目だけでお辞儀する。まばたきで返してくれた。多分、麗華たちに同じ場にいたことを気づかれたくないのだろう。
そしてもう一人は、丹前を貸してくれたあの人だ。
本当は、小さく頭を下げるくらいにしてこの場をすり抜けていきたかった。しかし、廊下の両方の壁側で話を始めてしまった彼女たちの間をするりと抜けるタイミングをすっかり逃し、真ん中を通り抜ける勇気もなく、ただ小さくなって離れた場所でこの会話が終わるのを待つことしかできない。
「よかったら! お話、できませんか」
麗華にしては大胆な言動だ。修学旅行マジック再発。浴衣をぎゅっと握りしめ、下を向いて恥ずかしさにふるふると震えている。返答はなかなか届かない。断られたらさぞ残念がるだろうな、どうするんだろうこの人たち。自分には関係ないが、決めるなら早く決めてもらい、吹は早く部屋に戻りたかった。相手の顔には出ていないが、どうしよう、と悩んでいるのがわかる。この短い沈黙が、その証拠だ。
「行ってくれば?」
少女の従者さんが三人を促した。言われたほうも、「え」という顔をしている。麗華たちの顔が、期待に輝く。これは断れないとわかったのだろう、「喜んで」と一人が言った。荷物からしてこれからどこかに行くところだったろうに、優しい人たちだ。
「これからどう? あんまり長くはとれないけど」
時間制限があることを先にはっきりさせた。ぬかりない。
「はい!!」
「じゃ、五人で行くぞー」 元気な人が言った。
混浴で出会わなかったであろう二人を、会った男性三人は巻き込むつもりまんまんだ。というか腕をがっしり掴んでいる。逃がさないぞ、という圧が二人へかかっている。
どこへ行くのかわからない。それは廊下を歩きながら決めるのだろう。よかったね、と思いながら、全員のことを離れた場で立ったまま見送った。麗華たちの顔がきらめいている。さっきの食事の時間の自由とは、また別だ。
吹はさらに距離をとって、自分は階段かエレベーターで部屋に戻ればいいと思っていた。今夜も大浴場に入る予定だ。麗華たちのような目に合いたくない。食後すぐのこの時間なら、そんなに混んではいないはずだ。もう部屋の籐の籠にお風呂用品の準備は済ませている。
距離をとろうと立ち止まっていた。
「あれ? 君は?」
こっちに一人が声をかけてきた。あのはきはきした明るい人。横眼で見てきた四人は吹が一緒でないことを察していたのに。この人だけはひとつの視界に入れていたようだ。
「わたしは」
お風呂に行くので、という至極まっとうな理由をつけ、一緒でないですという意味も含めお断りしようとしたところ、
「一緒ですわ」
麗華に遮られた。ね、と笑ってくる。近くにいたのに仲間外れにしているように思われるのを懸念したのだろうか。もう一度、お風呂に行くから遠慮する旨を伝えようとしたそのとき、
「今朝、先輩に羽織返しに来た子だよね?」
そこでもう決まったようなものだった。この人たちイコール、今朝吹が話していたあの人、とわかっていなかった彼女たちのなかで、混浴で助けてくれた人イコール彼らになってしまったのだ。
「そうですわ! では行きましょ、吹さん」
にっこりと笑顔を向けられたが、それは吹にとって、笑顔ではなく脅しであり圧だった。もちろん一緒に来ますわよね?
小さく、本当に小さく頷いた。どこかで逃げる算段をつけよう。とりあえず、一緒に行った事実だけは作らないと。
吹に声をかけた男の人は、他の四人からなぜ「おまえなぁ」「余計なことを」と否定的な視線を浴びせられているのかわかっていないようだった。気づかないようにしていたのかもしれない。
このやりとりを、校長はしっかりと見ていた。