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35.

 入学式が無事に終わり、麗華は帰ってきた。そこに(ふい)がいないことがいつもと違うところ。代わりに、あとから恵一が戻ってくる。

「ただいまもどりました」

 両親の前だと、恵一はこうして正式丁寧モードになる。

「おかえりなさい。おなかすいたでしょう、食事にしましょ」

 食事はすでに用意されていた。昨日吹とお祝いをしたばかりなのだが、その場に恵一がいなかったため、仕切り直しだ。


「入学おめでとう」

「「ありがとうございます」」

 父のお祝いの言葉に頭を下げる。

「もう大学生だなんて、立派になったわ」

「たくさんのことを学んできなさい」

「はい」


 それからは砕けた口調で話しながら、わいわいと食事が進む。父や母のどちらかがいないことも多いため、こうして全員での食事は少ない。今後は誰かが欠けて食事ということのほうが多くなるだろう。



「サークルとか部活動に入るの?」

 食後、部屋にて二人で会話をするのが慣例になっていた。

「入りませんわ」

「え、なんで」

 麗華はサークルなどに興味はない。ただの飲み会サークルや、宗教団体、名前だけで実質行動していないものも多いと聞く。それなら仲の良くなった友人と旅行に行ったり、必要な勉学を身につけたりしたいと思っていた。

「そうだね、れいかちゃんならそういうの入らなくても友達すぐできそう」

 というか寄ってきそうと思っていた。

「ありがとう。それはイチさんも同じでしょう?」

 ポジティブに受け取ってくれる。そうだね、と返した。

「ただ、心配なことがあるんだ」


 恵一の心配は、大学生活での友人のことではない。いくら女子大学といえど、異性とのつながりはできてしまう。合コンなどには麗華が誘われること間違いなしだ。

「れいかちゃん、婚約者がいること、伝えておいてね」

「どうして?」

 麗華は伝えないつもりでいた。今の時代、お付き合いをして将来は、と考えている相手がいるとしても、婚約者がいることは珍しい。友人との隙間を作りたくない麗華は、伝えないつもりだった。付き合ってる人がいるのか尋ねられれば、イエスと答えようと思っていたのだ。

「どうしてって」

 ソファに座っているまま、両手を膝の上で打つ。ぱん、と鈍いが大きい音が出た。


「先に悪い虫は払っておかないと!」


 れいかちゃんに言い寄る虫がたくさんできちゃうじゃん! と恵一が言い張る。

「そういう人がいるとして、わたくしがなびくとでも?」

「なびかない! けど、心配なの!」

 麗華はまだ初心だ。たらしこまれてしまう可能性だってある。なびかないと言い切ってしまうところが恵一らしい。

「婚約者がいるなんて、恥ずかしいじゃない」

「え」

 ぼそっとつぶやいた麗華の言葉に、恵一は反応する。すたすたと麗華の座るソファに近づき、前からひじ掛けに手をついた。

「い、イチさん?」

「恥ずかしいって、どういう意味?」

 静かな口調。いつもの軽い感じの、話やすいものではない。目の前に、近くに顔があるその目からは、光が消えていて怖さを感じる。でも恵一の両手に塞がれて、麗華は逃げられなかった。

「誰? って、聞かれて、紹介することになったら」

 婚約者がいること自体が恥ずかしいのではなく、この人が好きな人です、と公表することが恥ずかしい。麗華にとって、そういう意味だった。一般的に、お付き合いする人だったり婚約している人だったりは、お嬢様の政約結婚とは思われにくく、好意を抱いている相手なのだと、麗華は知っていた。

「ほう」

 それならいいや、と思った恵一は、がんばって目をそらす麗華に、顔を近づける。

「あ、あ、」

 声は出ないが、わわわ、と口が震えている。紅潮してきた頬に、ひとつ当ててやろうと思ったとき。


「お茶をお持ちしました」

 仁志が入ってきた。がっくし。

「おまえ、ノックくらいしろよ!」

「したよ?」

「ちょータイミング悪い!」「ナイスタイミングですわ!」

「悪い虫なら僕が払うから安心してね、麗華様」

「ありがとう」

 明らかにほっとした麗華。恵一は仁志を睨む。ちなみに、恵一や麗華と二人きり、または三人のときは、今までと同じように接するよう、命令が出ている。

「おい、今のだとオレが悪い虫みたいじゃねぇか」

「お嬢様に言い寄る悪い虫に見えたけど?」

 仁志はまだ、恵一に主席をとられたことを悔しく思っている。良いことではないが、しばらくはこういったいやがらせが続きそうだ。幸のときもそうだが、仁志はけっこう根に持つタイプである。

「麗華様、なにかあったら大きい声で叫ぶか、呼び鈴ならしてくださいね。すぐに駆け付けますから」

「ええ、ありがとう」


 いいところを仁志に持っていかれて、恵一は悔しい。仁志も麗華との馴れ初めは知っているし、うまくいってほしいとは思っているため、ちょっとアドバイスすることにする。

「ああいうのするなら、壁ドンがいいんじゃない?」

 恵一が貸した漫画には、そういう描写がある。

「だってああいうのって、無理やり感あるじゃん。嫌がられたらヤだもん」

 麗華のことになると、繊細だ。

「あくまでやさしく、ね。先に許可とるとかさ」

「うー」

「麗華様、さっき恥ずかしさのなかに、怯えが見えたよ」


 気を付ける、とこそこそとそんな話をしている間、麗華は動揺したままお茶を飲んでいた。もしあのままだったら、小説みたいな甘い展開になっていたのかもしれない、なんて考えていた。一度くらい、ヒロインになってみたい。本音はそうなのだが、現実になるとまた話は変わってきてしまう。いつもの冷静さと堂々とした態度が自分のなかから吹き飛んでしまうのだ。さっきのように、静かで真摯に、でも大胆に言い寄られたら、息が止まってしまいそうなのだ。軽く、あくまでいつもの軽さできてほしい。

 一方恵一は、かっこよく決めたいという思いがあって、軽くはできないのであった。二人の理想がすれ違っている。うまくいくまでには時間がかかりそうだ。あっちの二人とまた違うねじれかた。


 こほん、と麗華が咳をする。

「さっきの話だけど」

 二人が麗華のほうを向く。

「恵一さんを紹介するのは、わたくしも嫌なのです」

 ちょっと、ちょっとだけよ、とあくまで念押しする麗華。がーん、という顔をしている恵一は、それこそ漫画だったら石が落ちていそうだ。

「誰かにとられたくないもの」

「え」

 れいちゃん! と首に手をまわして抱き着く恵一。そんなこと言わせるな、という顔でだんまりになる麗華。今の状況は大丈夫なのだから、これでぐいっと行けばいいのに、と仁志は客観的に見て思った。そして、二人の空気を邪魔しないよう、音もなく部屋を出たのだった。



「ねぇれいかちゃん」

「なんですの」

「お願いがあるんだけど」

「だからなんですの」

 つんとした麗華は、紅茶のカップを美しく持って、口へ運んでいる。

「二人のときは、麗華って呼びたい」

 かちゃん、と陶器が音を立てた。カップがソーサーにぶつかったのだ。

「いい?」

 静かなモードに切り替わる。耳元でその声で囁かれると、麗華は落ち着いていられない。カップの中がふるふると揺れている。

「す、好きにしてくださいな」


 そもそもイチさんとれいかちゃんと呼び合っているほうが、現状では不思議なのだと思う。でもまだ、こうしていたいから二人はそうしていた。麗華は耳まで赤くなっている。隣から抱き着いたままで、顔は向こうを向いてしまったため表情までは見えない。カップの中身で心が読める。

「ありがと」


 ちゅ、


 音がしそうなほど、きっちりとした感触。

「じゃ、おやすみ~」

 ほっぺにキス。

「な、な、な」

 扉から出ようとする恵一がくるんと振り返る。

「次はもうちょっとしっかりするね」

 ぱたん、と消えたスキップでるんるんの背中。


 なんですのー?!


 恵一がいなくなった部屋から、大きな声が響いたのだった。この日ばかりは、平和ですわね、と両親はにこやかに思っただけで、なにも聞かなかったことにしたのだった。




 入学式も終わり、受ける授業も決めて、だんだん落ち着いてきたある日のこと。

『ってことがあったんすよ~』

 音符がたくさん飛んでいそうな電話を受けたのは幸。

『そっちはどうっすか?』

「まあ、ぼちぼち」

 ここに吹がいたのなら湯気が頭から出ていることだろうが、今はお風呂に入っている。「進展は少しずつにしておけ。麗華様はまだ恋の初心者だ」

『それはそっちも同じじゃないですかぁ』

 二人とも押しに弱いということを、二人とも知った。幸は警戒されていることを言わないでおく。

『次は目指せ壁ドンなんすよ』

 でも仁志が邪魔するし、向こうの両親がいるし、ちょっと進展具合は難航しそう、だそうだ。

『そういう意味ではそちらさんはイロイロ進みそうっすよね』

 うらやましい、と恵一がからかってくる。

「こっちも同じようなもんだ」

 それにそっちには、遊ぶときに使っていたあの家がまだあるのだ。二人で使うことも可能。

『それいいっすね! たまに許可とって連れ出そ!』


 麗華には申し訳ない提案をしてしまったかもしれない。とはいえ、同じような境遇とすると、幸は恵一のほうに気持ちが寄っている。愚痴とか悩みを聞いて、電話は切れた。これからちょくちょく連絡がきそうだ。後輩のためにも、自分の勉強のためにも聞いておこうと思う。

「壁ドンか」

 そういうのを、吹は求めているだろうか。悩んでいると、ちょうど吹がお風呂から出てきた。髪がしっとりと濡れている。ドライヤーの音がしていたが、乾ききっていないらしい。最初に会ってから伸びた髪。大人っぽさが増している。

「ほら」

 洗面所からドライヤーを持ち出して、乾かしていく。吹はこれだと高校時代にやっていたことと同じではないか、それより仕事を増やしていないかと心配になる。いや、執事ではなく、恋人でもなく、これでは妹っぽい。

 変わって幸は、髪を乾かしながらまだ熱を帯びて赤らんだ首筋を見ていた。毎日これもありかも。なんて。

 櫛で梳かした髪はきれいになった。

「妹になった気分です」

 吹は兄がいたらこんな気分なのかと、ただ単にそれだけを思っていた。が、幸は気に食わなかった。片方に髪を寄せる。そこへ顔を寄せる。露わになっている首へ口を近づける。


 ちぅ


 湿ったうなじの水分を乾かすために吸い付いた、そんな言い訳で。


「ひゃんっ」


身体が飛び跳ね、かわいい声が聞こえた。


「う、ん、んんっ」


 しばらくそのままにしてみたが、これでは自分がもたないので離れることにする。

「おしおき」

「な、なんのですかぁっ」

 涙目になっている吹はドライヤーを奪い取り、そそくさと片付けに行ってしまって、しばらく戻ってこなかった。しゃがみこんで顔をおさえていることを幸は知らないが、満足満足。壁ドンは必要ないな、と思っている。



 吹はたまに麗華たちと電話をしている。が、こういうことは恥ずかしさで話せない。麗華としても気になるが、聞きにくい点である。機会ができるまでは待つことにしているが、そんな会話ができるのはいつになるだろう。



 と、そんな機会は意外と早くやってきた。

「みんなで会おう~」

 あの恵一の家で、久々に遊ぼうというのだ。ゲームも本もすべてそのまま、高校時代に戻ってパーティーだ!


 土曜日にしたが、仕事が入っていて忙しい孝支は欠席。恵一と仁志はもちろん、巧は参加で女子五人も行くことになった。


 そこで、事件勃発。

「あれ」

 前にカフェに行った、あの道沿い。そこに、強い絆を感じる。しかも、二つ?

「どうかしましたの?」

「あ、えっと、んん……」

 これは吹と麗華に関するものではない。とすると、なんだろう。


 麗華も吹も、普段会うことが少なくなった相手との会話を楽しんでいる。いづみ、澄子、菜穂もそうだ。そこへやはり、怖いなにかではないが、気になるなにかがある。

 これは伝えるべきだろうか。悩ましい。とりあえず様子を見ようと、吹はなにも言わなかったのがまずかった。

「お花摘みに言ってくる~」

 いづみと澄子、菜穂が、たぶん麗華と吹に気を利かせたのだろう、離れていく。

「もう、今日は気にしなくていいのに」

 話したいのは麗華と吹も同じだ。女子会のようにきゃっきゃと笑いたいのに、行ってしまった。さすがにお手洗いに男性陣はついていけない。待っていることにする。


「麗華様!」


 そこへ少ししたら戻ってきたのは菜穂だけ。慌てている様子。

「あら、いづみと澄子は?」

「それが! 連れ去られてしまって!」

「なんですって?!」

 吹も驚く。気になることがあったとはいえ、嫌な感じはまったくしなかった。

「あ、あの車にね、……って行っちゃったよ!」

 あの、と言ったときに指さしたのは、ごく普通の車。どれだかわからない。どうしようと相談する間もなかった。


「そこの方々」

 普段着を着た男性が数人寄ってきた。スーツや警備の服を着ていたら、SPや警備員、私服の警察に見えただろう。

「少しお話が」

 男性陣が女性を守るように後ろに庇う。

「さっきのお嬢さんたちにはなにもいたしません」

「なのですみませんが……」

「お願いします」

 どこか申し訳なさそうな物言いに、違和感を覚える。この人たちは、誰かの指示で動いているのだろうか。

「と、とりあえず、ついていってみていい?」

 菜穂が責任を感じているのか、そう聞いた。吹も自分ならみんなも自分も守れると思っている。だが、

「できれば男性の方だけでお願いしても?」

 男たちは女性を希望しない。なぜだろう。こういうときは非力な女性を連れていくのが一般的ではないのか。

「全員で行きますわ」

「ご足労おかけします」

 なんなんだろう。丁寧だ。攫って行ったやつの仲間ではないのか。


 こちらへ、と言われた先は、ビルだ。見た目はごく普通のビル。

「あれ」

 仁志が首をひねる。

「知っているの?」

 麗華がこそりと尋ねると、

「うん、たぶん」

 仁志は内容を察したふうに目を細めた。


 このビルは企業の事務所などが入っているようで、入りながらすれ違う人たちは若者が通り過ぎるのを不思議そうに見ていた。

「こちらです」

 案内されたドアには、事務所、とだけ書いてある。もう少し時間が経ったら、劣化した文字が落ちてしまいそうな古い印象だ。


「だーかーら!」


 中からいづみの声が聞こえる。あ、と全員が反応。

「遊んでくるって言ったでしょ!」

「私も同じだって!」

 澄子もいる。喧嘩腰になっているのがわかる。相手は知り合いなのか。まずは全員、聞き耳を立てる。


「どうしてそういう話になるの?」

 いづみの強い声は珍しい。

「だって最近、楽しそうに話してる相手って男の人だし!」

「今日の打ち合わせだって!」

「同じく!」

 澄子も誰かに主張している。

「ついてきてみれば、イケメンと楽しそうに話してるし」

「イケメンは否定しないけどさ」

 いづみの話し方がいつもと違うのは、相手がそういう人なのだろうか。

「否定しないの?!」

「わたしが浮気するとか考えてるわけ?!」

「そうじゃないって!」

「じゃあなんなのよ!」


 ああ、なんだかわかってきた。全員が、あー、と顔で言っている。


「私、ちゃんと友達と一緒に知り合いの男性と遊んでくるって言ったよね?!」

 今度は澄子だ。物静かな澄子も、今は荒々しい。いらだちを隠さない話し方だ。

「言ったよ? でもさ、どんな相手か心配になるの、男として当然でしょ!」

「あたしのことなんて全然見えてないのに、遊ぶって言っただけでなんなの?」

「見てるから心配してるんでしょ!」

「え」

 こちらも事件になりそうだ。


 会話だけで察した内容。

「あのかんじ、いづのみほうは婚約者が浮気を心配して、ついてきたかんじね」

「いえ、浮気よりも、みなさんに言い寄られるのを心配していると思います」

 麗華の推測も間違っていないが、吹の推測のほうがどちらかといえば正しい。みなさん、というのはもちろん男性陣。

「そうですの?」

「そういうもんだって」

 菜穂がうんうんとしている。

 ということは、仲のよさそうにしている男性、つまり男四人が、ご令嬢のいづみを落とそうと仲良くしているのではないか、と心配してついてきたわけだ。

「浮気してることについてはあのかんじだとたぶん、心配してないよ」

 菜穂はまるで相手のことを知っているかのように言い切る。

「いづみさん、信頼されてるね」

 吹はこんな場なのにほっこりする。

「それに気づかず浮気を疑われているんじゃないかって、いづみは怒ってるのね」

 麗華の言う通りだろう。

「突然連れていかれたら、気分も悪くなるって」

 菜穂の言葉に、男たちは気を付けないとならないことを記憶にメモしていた。


 変わって澄子のほうは。

「あれだと、男性のほうは澄子さんに恋してるね」

 名探偵菜穂は、にやりとした。

「え!」

 前に話を聞いたときは、澄子の片思いだと言っていたが、例の相談のとき、うまくいったものだと勝手に思っていた。違ったのか。

「僕たちにとられてしまうって思って、引き離した。そんなかんじだね~」

 悪いことしたな、と仁志が苦笑いだ。

「僕たち、そんなことするように見えるのでしょうか」

 失礼な、という少しのいらだちを含めて巧が言う。

「恋は盲目ってやつ?」

 恵一はあくまで楽しそうだ。

「きっと澄子は今、片思いの相手が自分を好いていることに気づいていないわ」

「どうなるんだろう」

 この場で告白しちゃえば収まるのに。それがここの全員の気持ちだ。

「いや、気づいたよ、ほら」

「澄子さんの顔、真っ赤ですね」

 本当だ。


「……それって、どういう意味?」

 澄子がほんの少し声を静めた。

「あ、いや、えっと」

 口ごもる相手。はっきりきっぱりここで伝えてしまえばいいのに。

 ばん、とドアを開けたのは麗華だ。


「ちょっとそこのあなた!」


 眉間に皺を寄せた麗華は、澄子の会話相手にびしっと人差し指を向ける。

「この際よ、きっぱり言いなさい! まどろっこしい! 見ているこっちが恥ずかしいわ!」

「あ、麗華様」

 ここにいることを気づいていなかったらしい。こんなにわらわら人がいれば、というか麗華のオーラでいつもなら気づくだろうに、恋は盲目なのはお互い様だった。

「はい!」

 背中を押された相手、澄子の片思い相手は、澄子の両手をとる。

「澄子ちゃん、おれと結婚してください!」

「!」

 びっくりしたのは澄子だけではなかった。澄子は憧れの人が自分を好いていたことに驚いていたが、その他の人は交際も婚約も跳ばして、結婚の申し出に至ったことが驚きなのだ。ぽかんと半分口を開けていた澄子は、涙目で「はい」と返したのだった。


「やるじゃない」

 ふんすと満足そうにうなずく麗華。人を動かす能力を持っている。かっこいい。

「で、そちらのお方、はやく誤解を解きなさい」

「は、はい」


 だんだん落ち着いてきたのか、いづみの相手はしどろもどろに話し出す。

 いづみがここのところ、毎晩会話していたのは仁志と巧。これは麗華たちを守る方法を聞きながら、仁志に現状を聞いたり、巧に学校の話を聞いたりしていたのだ。そこには澄子も入ってグループの会話。

 とは言え、楽しそうな会話に入っている男性の声しか届かなかった婚約者。前から大人数でどこかに言っていたことを知っているし、学園に執事が来ていて、交際までたどりついてしまった人もいると聞いていた。目の前にいるとは知らないが。

 そのため、相手のことが心配でたまらなかった。善人の仮面をつけた男がいづみを狙っているのではないか、と。


 いづみと澄子の相手は、偶然今日、居合わせた。見ている先が同じだったのだ。

「もしかして、あなたはあの人たちの知り合いですか?」

「そちらこそ」

「あの女性が心配で」

「僕もです」


 この人と遊ぶ、と男五人写真を見せてもらったことがあったこの二人。お互いの姿を見てすぐに、目的がほぼ同じであると察して協力関係に。そして、いづみの婚約者は親睦会との名目でつれてきていた会社の部下とともに、たまたま出会ったということにして自分の存在をアピールする予定だった。そうすれば言い寄る男もいないだろう、と。

 しかしいづみを引きはがすことが目的に代わってしまったのは、四人がかっこいい男の人で、エスコートがうまかったことも大きい。恵一のことは知っていても、幸のことは知らない男二人は、幸と仁志、巧の三人をいづみを狙う悪い人間と思い込んだのである。


 澄子の相手も、写真でしか見たことのない相手がどんな人物なのか心配だった。実際に遠くから見て見れば、イケメンで女性の扱いに慣れている男たち。そしてこちらは恵一のことも知らない。獲られてしまうと思っても仕方がないのかもしれないが、とりあえず近くにいてほしくなかった。


 そこで目的が一致している二人は、いづみと澄子をつかまえて男たちから引きはがすという力技に挑む。もちろん友人が連れていかれたとすれば、助けにくるのが一緒にいた仲間で、いづみの相手の部下はかわいそうに巻き込まれる形で事件になるのを防ごうと声をかけてきたのだった。


 それを伝えて、いづみも話して、喧嘩は喧嘩ではなくなった。ただの誤解で、嫉妬だったり心配だったりはほどけた。

「なんだか平和でよかった」

 あの絆は、恋として、いつか家族としてつながる糸であり、強いものだった。嫌な感じはしないが気になったのは、男二人の勘違いで喧嘩になることを示していたのだ。


「吹」

「はい」

「気づいていたのなら言え」



 ひい、と吹は背筋が冷えた。幸の背中から黒いオーラが出ている。もしつれていかれたのが吹だったら、と幸は考えている。仁志と巧は巻き込まれたも同然で、疲れた顔だ。

「そんなに怖く言ってはいけませんわ」

「すみません」


 ここで二人はお別れになった。残念なことに、いづみのほうは良い意味ではない。休日に部下を私情に巻き込んだことを父親に伝えるためだ。だが別れるときの二人はしっかりと手をつないでいたから、叱られるくらいで済むだろう。迷惑な部下の方々にはどんなかたちでもお詫びがされますように。


 澄子は、どうしようどうしようともじもじしていたため、麗華の「行きなさい」という一言で二人仲良く帰っていった。

 短いながらも迷惑な事件だったとはいえ、二組の絆が深まったことは幸いだ。


「なんかさみしくなっちゃったねぇ」

「いいのよ、こういう理由なら」

 せっかく合流したのに、と口をとがらせる恵一。今度は孝支も交えて神宮司家に招待しようと決めた麗華だ。



 また自分が悪いことを呼び寄せた、と幸は今までなら思っただろう。が、今回は思わなかった。サングラスもつけていないが、結果的には幸せで終わったからだ。最近は自分のせいで、と思うことが減ってきている。

 そう、平和になったはずだった。だがそれは長く続かなかった。知っている気配が、すっと背を冷やした。吹は顔を青くして、幸の背中へ隠れた。


「吹」


 異変をしっかりと受け取った幸は、そのまま動かない。背に隠れるなら、異変の根源は前だ。

「どうして」

 切ったはずの縁が、また、どうして。


「やっと見つけた」


 そこへ現れたのは、ジーンズにTシャツというごく一般的な私服をまとう男性だが、まわりに数人のスーツ姿の男性がいる。吹は身を固くした。男の姿を見た幸は、吹を背に隠したまま、後ろへ下がる。


「あ、徳人さーん」


 軽く声をかけたのは恵一だ。

「探したよ」

 まったく、と溜息をついた徳人は、前と雰囲気が違う。その違いに吹だけは気づかない。まだ今も、“怖い”という心のほうが強く残っているのだ。麗華もあのときに乗り込むことはなかったとはいえ、ここで会ったときの徳人を知っているため、彼の本心を知ってはいたがきっと目を吊り上げた。

「君たちさぁ、うちと契約結んどいて、必要なときに連絡とれないとか失礼じゃないの?」

「ごめーん」

「すみません」

 恵一と仁志の二人は電源こそ入っているものの、誰かと一緒にいる際はスマートフォンは触らない。触るとしたら、一言伝えてからか、写真撮るときくらいだ。

「はいこれ」

 どん、と大きな紙袋が二人に渡される。

「意外と忙しい日程だから、早めに用意しなよ」

「今時、データにしようよ」

「洩れたら困るんだよ」

 ぷいと横を見る徳人。

「じゃ」

 ぺらぺらと手を振って去っていく。


「帰るんですの?」

 すぐに去ってしまった徳人を見て、麗華は理解できずにいる。

「そ。あのとき、オレたち盃交わしたら、ご縁ほんとにできたんだよねー」

「嘘でしょう?!」


 あのときの盃は契約そのもの。恵一と仁志の実家が上り調子になっているのは、もちろん会社ががんばっていることもあるが、コンサルである徳人が情報を持ってきていたからだ。ちなみにこの二社については、徳人の力だけでコンサルタントをしている。

「悪さをされたらどうするのよ」

 知らなかった麗華は、恵一と仁志を睨む。特に恵一はもう家族になることが決まっている。自分の家にも力が及ぶのだ。

「だいじょぶ、あいつなら」

「なにを根拠に」

 だが、恵一の大丈夫は、麗華も信用している。その一言だけで、麗華はもう深く考えなかった。

「それで、なにを頼んでいるのかしら」

「オレの場合は、取引先に悪さをするところがないかの確認と、新しい不動産の場所の提案してもらってるよ」

「僕は、なにか起きそうな場所を先に教えてもらっている」

「そうだったのね」

 でも、と続く。


「そういうことは先に話しなさい!」


 麗華に二人が叱られる。恵一はもちろん、今は二人の付き人である仁志も神宮司家に関係してくる。吹も家族。すべてにつながってしまうのだ。

 今の吹を見ると、先に話してもらったほうがよかった。幸の背中にくっついて、シャツをぎゅっと握っている。

「どうして今日来たのかしら」

「ほら、早くって言ってたし」

「わざわざ足を運んでくれたことには感謝ですよ」


 二人は、一度縁を切ってしまった吹と会うには、結んだ自分たちとの縁を使わないと彼女の顔を見ることは難しいから、という理由を麗華たちには話さなかった。

「ちなみにオレたちとの縁は、あいつとだけだから安心して」

 あの現当主とはつながっていない、と説明する。ということは、先見の明なる勘の力を使っているのは彼だけで、それが当たるのは彼が成長している証拠なのだ。

 自らの力を磨き、力だけではなく勉強にも励むようになった徳人。吹はそんなことは知らないが、怖いという感情が前より少し小さくなったことに、彼の背中が消えた後に気づいたのだった。


「今日はこれで解散ですか?」

 仕事を受け取ってしまった二人。気にした巧が尋ねると、

「なに言ってんだよ! これからうちでゲームだよ!」


 行くぞ! と進みだす恵一はしっかりと麗華の手を握っている。仁志は数歩後ろにつきながら、巧を前に押し出した。久々だから話しておけば、と。菜穂も続く。吹はさっきの影響でまだ幸にくっついている。そこに入り込んでいく勇気は誰も持ち合わせていない。巧は恵一の家で、実は気になっている二人暮らしのことをこっそり聞くことにした。いつか自分も、素敵な相手が見つかりますように、と祈って。


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